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高移動度酸化物半導体
スパッタリングターゲットの実用化
近年、フラットパネルディスプレイ(Flat Panel Display、以下FPD)は飛躍的に性能や機能が向上している。スマートフォンやタブレットは高精細かつ低消費電力化が進み、フルハイビジョンの16倍もの解像度を持つ8k-TVが製品化されている。さらに折り曲げや巻き取りの可能なディスプレイも市場に投入され、サイネージやスマートウォッチ、車載用ディスプレイといった新たな成長市場への展開も急速に進んでいる。
当社はFPD向けに特徴的な独自合金や酸化物スパッタリングターゲット材料の開発と製造・販売をおこなっている。今般、高付加価値のFPD製品向けに、独自の高移動度酸化物半導体スパッタリングターゲットを開発した。すでに一部のFPDメーカーでは量産製品への適用が始まっている。
本稿では高移動度酸化物半導体薄膜の特徴と材料設計のアプローチ、そして薄膜トランジスタ(Thin Film Transistor、以下TFT)に適用したときの特性について紹介する。
F-1 FPD用途への酸化物半導体薄膜材料の展開
FPDはアレイ状に配列した画素の点灯をスイッチング素子であるTFTをもちいて制御することによって画像を表示し、この方式をアクティブマトリクスとよぶ1)。TFTはガラス基板や樹脂フィルム上に半導体薄膜や絶縁膜、配線膜などの機能性薄膜を積層成膜し、微細加工プロセスによるパターニングによって形成される。この半導体薄膜には従来アモルファスシリコン薄膜2)(amorphous Silicon、以下a-Si)や低温多結晶シリコン薄膜3)(Low Temperature Polycrystalline Silicon、以下LTPS)が使用されてきたが、Nomuraらは酸化物半導体のひとつであるIn-Ga-Zn-O4)(以下a-IGZO)をTFTに適用することを提案した。それぞれの半導体材料の特徴を第1表にまとめる5)〜7)。ここに示すように酸化物半導体はa-SiやLTPSに無い優れた特徴があるため、FPDの高機能化に寄与する材料として注目されている。しかしながら、酸化物半導体はTFTの製造プロセスの影響を受けて薄膜中に欠陥が生じやすく、その欠陥状態にTFT特性が支配されるため8)、9)、FPDメーカーにはTFT信頼性を確保するために使いこなしの技術が求められる。
またシリコン半導体薄膜の成膜には化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition、以下CVD)が使われるが、酸化物半導体薄膜は大面積化が容易で低温成膜が可能なスパッタリング法で成膜ができることも利点である。さらに半導体中の電子の流れやすさを表す電子移動度(以下、移動度)は、a-Siが約0.5〜1cm2/Vsであるのに対して、酸化物半導体薄膜は約10〜30cm2/Vsと高い。このためTFT面積を小さくしても画素を駆動することが可能となり、ディスプレイの高精細化には優位である。またLTPSは酸化物半導体薄膜とくらべると移動度は優れるものの、結晶化のためのレーザーアニール装置の設備上の制約によって、大面積かつ均一な膜質をえることが難しい。そのため、LTPSは大型ディスプレイへの適用が困難である。そのほか、酸化物半導体薄膜はシリコン半導体薄膜にくらべて、TFTに適用したときに格段にリーク電流は小さい。この特徴をいかして、画素書換えのために必要なリフレッシュレートを大幅に小さくすることによって省電力化が可能となり、とくに電池容量が限られるモバイル機器用途への適用メリットが大きい10)。さらには、ディスプレイ駆動にもちいる周辺回路を内部に作り込む技術(Gate on Array、以下GOA)や、有機ELディスプレイ(Organic Light Emitting Diode、以下OLED)のように高度な諧調制御が必要な電流駆動回路が必要なディスプレイにも、高移動度の酸化物半導体ニーズがある。
第1表薄膜トランジスタ(TFT)に用いられる各種半導体薄膜の特徴

酸化物半導体材料にはa-IGZO以外にも、In-Sn-Zn-O11)、12)やIn-Ga-O13)、In-W-Zn-O7)、14)、Zn-O-N15)などの多くの高移動度材料が報告されている。しかしながら、高移動度をえるためにキャリア密度を過剰にすると、TFTがオフからオン状態に切り替わるゲート電圧(以下、しきい値電圧)が負電圧側へとシフトするなどの問題が残る。さらにはTFT特性の信頼性を評価する加速試験のひとつに、TFTに可視光と熱を与えながらゲート電極に負電圧を加え、その時間経過としきい値電圧の変動幅を数値化するNegative Bias Temperature Illumination Stress試験(以下、NBTIS)があるが、高移動度材料の場合にはNBTISでのしきい値電圧の変動幅が大きくなる傾向がある。
そこで当社は高い移動度と、0V付近のしきい値電圧、TFT信頼性を満たす酸化物半導体材料として、In-Ga-Zn-Sn-O(以下、a-IGZTO)を開発した。次章で高移動度酸化物半導体a-IGZTOの特徴と材料設計の考え方、そしてa-IGZTOを半導体層にもちいたTFT特性について述べる。
F-2高移動度酸化物半導体a-IGZTOの材料設計コンセプト
2.1 酸化物半導体の構成元素とその役割
a-IGZTOを構成する金属元素はインジウム(In)、ガリウム(Ga)、亜鉛(Zn)、すず(Sn)からなり、それぞれ酸化物半導体薄膜に特徴的な影響を与える。これらの特性を把握したうえで、a-IGZTOは高い移動度やTFTに必要な特性を満足するような、組成の最適設計を行った。
酸化物半導体のキャリア輸送機構はパーコレーション伝導といわれ16)、17)、高いキャリア密度が移動度に寄与していると考えられる。なかでもIn含有量がもっともキャリア密度の増減に影響を与えるため、In添加量と移動度との相関が高い。ただし、過剰なIn添加はTFTのしきい値電圧の負電圧化や導体化を引き起こすため、添加量を極度に増やすことはできない。一方、Gaは熱的に安定なため、Ga添加量はTFT信頼性との相関がある。しかしながら、Gaの過剰添加はキャリア密度を下げるため、移動度の低下を引き起こす。次にZnは酸化物半導体薄膜のアモルファス構造を維持する働きがあり、薄膜のパターニングを容易にする効果があるが、後述するように熱的に不安定なため、熱履歴を受けて酸化物半導体薄膜からZnが脱離するなどの組成変動を引き起こしやすい。そしてSnは、添加によって酸化物半導体薄膜にTFTの製造プロセス中で配線パターニングにもちいる酸性のエッチング薬液に対する耐食性を付与する。第1図は、TFT特性から導出したTFT移動度、しきい値電圧、サブスレショルド・スイングの各TFT特性に関するSn添加量への依存性を示す。SnはInほどではないものの、添加量に応じてTFT移動度を増加させる効果が見られるとともに、最適な添加量を選択することで高い移動度とTFT特性の両立が可能である18)。さらにSn添加は熱履歴を受けたa-IGZTO薄膜からのZn脱離抑制への効果も確認されている18)。これら構成元素の効果はトレードオフの関係にあることから、適切な組成比にすることで最良のTFT特性が引き出せるように材料設計を行った。第2表にa-IGZTO薄膜のホール特性を示す。InおよびSnの添加によってキャリア密度はa-IGZOよりも1桁以上大きく、2倍近くのホール移動度がえられている。
2.2 酸化物半導体薄膜へのSn添加とTFT信頼性改善効果
酸化物半導体のFPD分野での実用化における最大の課題は、高いTFT移動度を維持しながら、実用化に足るTFT信頼性を確保することである。酸化物半導体は、薄膜中の酸素の状態や、周辺から酸化物半導体薄膜内部に拡散する水素の影響を受けやすく、TFTの製造プロセスの過程で欠陥が生じる問題がある8)、9)。
TFTの構造上、酸化物半導体薄膜は水素を含む層間絶縁膜や保護膜と直接接するため、これら絶縁膜中に含まれる過剰な水素は、TFT製造プロセス中の熱履歴を受けて酸化物半導体薄膜内部に拡散する。水素拡散は酸化物半導体薄膜内のZn脱離や水素関連欠陥形成を引き起こし、これらの欠陥が伝導帯下端(Conduction Band Minimum、以下CBM)の直下に局在化したサブギャップを生成し、TFTの信頼性劣化が引き起こされると考えられている19)。
第2図に昇温脱離ガス分析法(Thermal Desorption Spectroscopy、以下TDS)をもちいて、a-IGZTO薄膜からのZn脱離を計測した結果を示す20)。Sn添加がない薄膜(図中のSn-free a-IGZTO)は350℃付近から550℃にかけて亜鉛脱離が生じるのに対し、Sn添加量が増大するにつれて、Znの脱離温度は高温側にシフトし、脱離量も大きく抑制されていることが分かる。この傾向がa-IGZTO薄膜の物性に与える影響を、PITS(Photo-Induced Transient Spectroscopy、以下PITS)をもちて考察した。
第1図BCE-TFT特性のSn添加量依存

第2表 a-IGZTO薄膜のホール特性

第2図昇温脱離ガス分析法(TDS)によるa-IGZTO薄膜のZnスペクトル(M/Z=64)のSn添加量依存性

第3図a-IGZTO薄膜へのSn添加の有無とPITSスペクトル

第4図a-IGZTOを用いたTFTのNBTIS結果: (a) Sn添加なし、(b) Sn添加有り

PITSは半導体薄膜の電子状態を評価する測定手法で、これまで本手法を酸化物半導体薄膜に応用してTFT信頼性に影響をおよぼす欠陥やトラップ密度を評価した結果が報告されている21)〜23)。PITSはTFTと同じ構造の素子で評価が可能なため、TFT製造プロセスを経た実際のTFT素子と同じ状態の酸化物半導体薄膜の電子状態を評価することが可能である。第3図にa-IGZTO薄膜と、a-IGZTOからSnのみを除いたIGZO薄膜のPITSスペクトルを示す18)。第3図はNBTISに影響するCBM直下の浅い準位の状態密度と相関があると考えられるが、a-IGZTOの方が100K付近のピークが小さいことが分かる。これまでの報告で110K付近のピークはZn関連欠陥を表し、また150K付近のピークは水素関連欠陥と推測される24)。さらに最近のZnOのトラップ準位に関する研究では、Zn関連欠陥によって水素関連欠陥が誘発されるとの報告もあり25)、Zn関連欠陥はさまざまなトラップ準位を引き起こす要因になる可能性がある。
Sn添加なし(第4図(a))とSn添加あり(第4図(b))のa-IGZTO薄膜をもちたTFTのNBTIS結果からも、両者のTFT信頼性の差はTFT製造プロセスを経たa-IGZTO薄膜はZn関連欠陥が抑制されていることが理由の一つであろうと推測される18)。
F-3高移動度酸化物半導体a-IGZTO薄膜のTFT特性
FPDには間接発光型のLCD(Liquid Crystal Display)と自発光型のOLEDがある。高輝度化が容易なLCDに比べて、OLEDは高いコントラストが得られることが特徴である。そして、いずれのディスプレイも各画素の点灯制御には、アクティブマトリクスが使われる。
TFTの種類には第5図に示すように、ボトムゲート型とトップゲート型があり、さらにボトムゲート型にはESL型(Etch Stopper Layer)とBCE型(Back Channel Etch)がある26)。主にはLCDにボトムゲート型、OLEDにトップゲート型と使い分けられている。ボトムゲート型は省プロセスであり、トップゲート型は素子面積が小さいためボトムゲート型と比較して容量が小さく、応答速度の点からは有利な構造である。さらに電流制御が求められるOLEDには、高い電流を流すことができるLTPSや酸化物半導体を半導体層に使ったトップゲート型TFTがもちいられる。第3表にはそれぞれのTFT特性をまとめた。a-IGZTOはいずれのTFT構造においても高い移動度を示すほか、TFT信頼性を表す指標であるNBTISや、正ゲートバイアス温度負荷試験(Positive Bias Temperature Stress、以下PBTS)、負ゲートバイアス温度負荷試験(Negative Bias Temperature Stress、以下NBTS)についても良好な数値を示す。ボトムゲート型TFTは、ソース・ドレイン電極をパターニングする際に酸化物半導体表面がむき出しになるため、電極のパターニングのための薬液による膜減りや組成変化などの影響をうけてTFT特性が劣化しやすいが、a-IGZTOはこの点でもTFT特性への影響は抑えられている(第6図(a))。またトップゲート型TFTでは、酸化物半導体を成膜したあとに高温で高品質なゲート絶縁膜を積層するため、酸化物半導体の劣化を防ぐ必要がある。ゲート絶縁膜に含まれる水素元素の拡散影響を抑え、酸化物半導体表面の欠陥形成を抑えるため、酸化物半導体の成膜後に加える熱処理やゲート絶縁膜成膜後の熱処理条件を最適化することで、良好なTFT特性を得ることができた(第6図(b))。
第5図(a)ボトムゲート型TFTの断面模式図
(b)トップゲート型TFTの断面模式図

第3表a-IGZTOをもちいた主なTFT特性

第6図a-IGZTOを用いたTFT初期特性
(a)ボトムゲート型TFT、(b)トップゲート型TFT

写真1a-IGZTOスパッタリングターゲットの外観
(製品名:KOS-B03C)

当社は2018年度から8k-TVなどの次世代高精細大型フラットパネルディスプレイの用途にも適したa-IGZTOスパッタリングターゲット材(製品名:KOS-B03C)の量産出荷を開始した(写真1)。タブレット、ノートPC、8k-TVなどの中大型パネルの差別化・高機能化のため、酸化物半導体の高電子移動度化への要求が高まっている。FPD分野では主流であるCu配線プロセスとの組み合わせや、コスト的に優位性のあるBCE型TFTの実現、折り曲げ可能なフォルダブルディスプレイの実用化には欠かせないOLEDへの展開が求められるなど、FPDメーカーからは既存のa-IGZOをさらに進化させたターゲット材の要望がますます強くなっている。最近では酸化物半導体とLTPSをハイブリット化した低温多結晶酸化物(Low Temperature Polycrystalline Oxide)を実用化し、両半導体材料の長所を活かした展開もなされている。これらFPDメーカーの動きに対応できるよう、当社では長さが3.4メートルにもおよぶ最先端の第11世代型ターゲット、円筒形ターゲットにも対応できる供給体制も整えた。今後のFPDの高性能化に貢献できるよう、酸化物半導体の材料ニーズに応えていく。
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