コベルコ科研・技術ノート

こべるにくす

Vol.32

No.58

# こべるにくす

発電効率100%の「生きている電池」

「電池」という言葉を辞書でひくと「物質の化学反応または物理反応によって放出されるエネルギーを電気エネルギーに変換する装置」と書いてあります。その定義に従うならば、デンキウナギはまさに「生きている電池」といっても過言ではない生物です。南アフリカ大陸のアマゾン川、オリノコ川に生息するデンキウナギは、体内で作り出した電気を水中に放電することで、1メートルほどの範囲内にいる魚などの獲物を気絶させて捕食します。その電圧は最大で800ボルト、電流は1アンペアにも達し、馬のような大型の生き物ですらデンキウナギの放電で溺死することがあると言われています。

デンキウナギの身体はその9 割が「尾」です。そしてデンキウナギの「発電」の秘密は、その尾の筋肉細胞にあります。すべての生物は、膜で隔てられた細胞の外と内でイオンによる電位差を作り出し、微弱な電流を発生させることで生命活動を営んでいます。デンキウナギの尾には、微弱電気を生み出す細胞が集まった「発電板」が数千枚~1万数千枚並んだ特殊な器官があり、それが「直列」でつながることで大電流を生み出しています。デンキウナギの他にも電気を発生させる生物は、デンキナマズ、シビレエイなど数百種類が知られていますが、生命進化の長い歴史の中でいったい何がきっかけで「発電」を武器にする生物が生まれたのかは謎に包まれています。

デンキウナギを「電池」として見た場合、驚くのはその発電効率の良さです。発電効率とはご存知の通り、投入したエネルギーがどれぐらい電気エネルギーに変わったかを示す数値ですが、再生可能エネルギーの代表格である風力発電は25%、太陽電池は10%ぐらいしか発電効率がありません。それに対してデンキウナギなどの「強電魚」と呼ばれる電気を生み出す魚たちの発電効率はなんと100%、理化学研究所によれば「細胞が生み出すATP(アデノシン3リン酸)由来の化学エネルギーのほぼすべてが電気に変換されている」そうです。しかもデンキウナギは1時間の間に150 回、ほとんど変わらない電力で連続放電することが可能です。

現在、世界では人工知能(AI)の目覚ましい進歩が大きな話題となっています。人間が書いたような自然な文章や、精緻なイラストや映像、音楽などをわずかな時間で生み出すAIの進歩には驚くばかりです。しかしそれにともなって大きな問題になっているのが、AI が消費する莫大な電力です。国際エネルギー機関(IEA)は、AI が世界的に急速に普及した影響で、2026 年の電力消費量が22 年に比べて「最大で2.3 倍になる」との試算を示しています。

一方、デンキウナギだけでなく人間を含めたあらゆる生物は、食物から取り入れた化合物を身体のなかで化学反応させることで活動のためのエネルギーを生み出しています。化学反応とはすなわち「電子の移動」ですから、私たち人間の身体も「生きた電池」であると言っても良いのかもしれません。

2017年にグーグル傘下のディープマインド社が開発したAI「AlphaGO」が囲碁の世界チャンピオンを打ち負かしたことが大きな話題になりましたが、その際に使われた電力は30万ワット。人間ひとりの脳の消費エネルギーは20ワットですので、AIは1万5千人分のエネルギーを使ってようやく人ひとりに囲碁で勝てたとも言えます。さらに言えば30万ワットを使ってAlphaGOは囲碁しかできませんが、人の脳は囲碁はもちろん、あらゆることを思考できる。しかもそのエネルギー源である野菜や肉や魚は、世界のいたるところで恒久的に入手可能です。

いま電池は、地球環境の保護の観点からさまざまな技術開発が進められています。その可能性の一つとして、デンキウナギを始めとする生物の仕組みを利用したまったく新しい電池が、未来には実用化されているかもしれません。

大越 裕( おおこし ゆたか)
神戸在住。理系ライター集団チーム・パスカル所属。大学研究者や経営者のインタビュー、ルポルタージュを『AERA』『Forbs JAPAN』などに執筆。

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