コベルコ科研・技術ノート
こべるにくす
Vol.32
No.59
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# こべるにくす
人々を悩ませてきた「熱」の不思議
暖かい食事、心地よい温泉、夏の暑さ、冬の寒さ。「熱」は私たちの生活のあらゆる場面に存在します。しかし、この当たり前にある熱現象について、人類は長きにわたり悩み続けてきました。古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、熱を四元素の一つ「火」の現れと考えました。四元素説はその後、中世に至るまで欧州・中近東で信奉され続けましたが、17 世紀になり実験科学が発展すると徐々に廃れていきます。
それに代わり当時の科学者が考えたのが「熱とは目に見えない特別な物質だ」という説です。彼らはその物質を「カロリック(熱素)」と名付け「物体から物体へ流れることで熱が生まれる」と提唱しました。この説は、熱い物体と冷たい物体が触れ合うとやがて中間の温度になる「熱平衡」など、多くの熱現象をうまく説明できたため、18 世紀から19 世紀初頭にかけて広く受け入れられました。
ところがそのカロリック説にも、どうしても説明できない現象がありました。それは「摩擦熱」です。物と物を擦り合わせるとそこから熱が発生し、擦れば擦るほど温度は高くなり、やがて火が点くほどになります。物体の中に潜むカロリックが熱の元ならば、なぜ小さな木片からもほぼ無限に温度が生まれるのか、説明できなかったのです。
同時期のヨーロッパで、多くの人々が夢中になったのが「永久機関」への挑戦でした。永久機関とはご存知の通り一度動き始めると永遠に動き続ける機械のこと。風車や水車に代わる夢の動力源を実現するために、幾人もの発明家が工夫を凝らしましたが、すべて失敗に終わりました。「永久機関は永久に完成しない」ことの証明の糸口は、1847年にイギリスの科学者ジュールの行った実験を待つ必要がありました。ジュールは水の入った断熱容器の中で羽根車を回し続けると水が暖まることを発見し、機械的な運動が熱に変わることを示したのです。この発見がきっかけで、現在の熱の科学的理解の基礎となる、「熱は物質ではなく、物体を構成する小さな粒子の運動エネルギーである」という考えが生まれます。
ジュールをはじめとする科学者たちの発見は「熱力学」という新しい物理学の分野として成長していきました。熱力学の第一法則としてあるのが「エネルギー保存の法則」です。エネルギーは生まれも消えもせずに、ただ形を変えることしかできない。この法則により、永久機関が不可能であることが、理論的に証明されたのです。
さて、人類が熱という現象について、運動と等価である「エネルギー」であることを発見してから、180 年弱の時間が過ぎました。現在、私たちは熱力学の発展によって、あらゆる分野で恩恵を享受しています。しかしその一方で20 世紀に入ってから、新しい熱やエネルギーについての「不思議」が生まれてもいます。その一つが極小の世界、原子や分子など量子の世界における熱の振る舞いです。絶対零度(-273.15℃)近くにおいて起こる超伝導や超流動といった現象は、通常の目に見える世界での熱力学では説明することができず、従来の学理を内包した理論の解明が待たれています。
その反対に「極大の世界」である宇宙論では、宇宙を満たす「ダークエネルギー」と呼ばれる正体不明の力の存在が提唱されるようになりました。ダークエネルギーは宇宙を膨張させる力の源とされますが、通常のエネルギーとは異なり、宇宙の膨張に伴って薄まることなくすべての空間で同密度を保っています。これは従来の物理学ではまったく説明することができません。宇宙論では他にも「ブラックホールが熱を放射している」という物理学者ホーキングの説など、旧来の熱力学と大きく異なる理論が提唱されています。
このように熱の不思議は、まだまだ完全に解明されたわけではありません。これからも科学者たちは熱の不思議に挑戦し続け、その過程で私たちの宇宙についての理解は、さらに深まっていくことでしょう。