コベルコ科研・技術ノート

こべるにくす

Vol.33

No.60

  1. TOP
  2. 技術ノート「こべるにくす」一覧
  3. アーカイブス
  4. 「掘って、掘って、掘りまくれ」は正しい?

# こべるにくす

「掘って、掘って、掘りまくれ」は正しい?

2025年1月20日、ドナルド・トランプ氏がアメリカ合衆国の第47代大統領に就任しました。トランプ大統領は就任式の演説で、「(米国の)インフレの危機は、過剰な支出とエネルギー価格の高騰によって引き起こされた」と主張し、その解決のために自国の地下に眠る化石燃料の一種シェールガスを「掘って、掘って、掘りまくれ」(We will drill baby, drill.)と宣言しました。これは前任のバイデン政権が進めてきた脱炭素化を中心とする環境政策とは、完全に真逆の方針です。それだけでなくトランプ政権は、2016年に採択の気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定からの脱退や、電気自動車(EV)の普及を進める政策の廃止など、矢継ぎ早にこれまでの地球温暖化対策を否定する政策を打ち出し、世界中に衝撃を与えています。

地球温暖化に関して世界で最も権威ある組織、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、2021年に開催された国際会議COP26で、「1.5℃目標」と呼ばれるグローバルな目標を定めました。ご存知の通りこれは、人類が気候変動から受ける将来の壊滅的な悪影響を何とか回避するために、「産業革命以前に比べて世界の平均気温の上昇を、1.5℃までに抑える」という目標です。

2021年時点で世界の平均気温は産業革命時に比べて「1.1℃」上昇しており、それがもしも「2℃」まで上がれば、世界中で異常な大雨や干ばつが頻繁に発生し、人類の存続にも自然にも回復できないダメージをもたらす可能性があるとIPCCは発表しています。バイデン政権の環境対策や日本のカーボンニュートラル政策も、この目標に沿ったものでした。そう考えるとトランプ政権が真逆の方針を打ち出したことは、地球と人類の未来を左右する可能性があると言っても過言ではありません。

「掘って、掘って、掘りまくれ」とトランプ氏が発破をかける化石燃料について、近年では二酸化炭素の発生源としての問題がクローズアップされています。過去を振り返ると1974年生まれの筆者が子どもの頃は、CO2の問題はまったく話題となっておらず、それよりはるかに「いつか石油が枯渇するのではないか」という懸念が取り上げられていました。

予想される石油の埋蔵量を世界中の年間使用量で割った結果、「50年後には石油が掘り尽くされる」と予想されていたのです。しかしその後の技術の進歩によって、以前は採掘不可能だった深海や頁岩層からも石油が取れるようになり、新たな埋蔵地も次々に発見・開発されたことで、「枯渇の日」は先送りされ続けています。

それならばトランプ大統領の言うように、石油を使い続けても良いのでしょうか。世界の石油消費量は2023年のデータによると、年間約5兆8000億リットルにのぼります。これは、日本最大の湖である琵琶湖の貯水量(約275億立方メートル)の、約5分の1です。つまり人類は、5年ごとに琵琶湖一杯分の石油を使い尽くしていることになります。

先進国ほどその消費量は多く、我々日本人は赤ん坊から老人まで、平均して1人1日に5リットルの石油を使って今の生活を維持していると言われています。家族4人なら、毎日ペットボトル20本分の石油を燃やしていることになるわけです。しかも365日、日本全国のすべての家庭においてです。そんなふうに少し想像してみるだけでも、石油を未来にわたってこれまで通り使い続けるのは、無理がありそうな気がしてきます。

野菜や米の値上がり、夏の異常なまでの暑さ、ゲリラ豪雨の急増など、気候変動をリアルに感じる機会が増えた今だからこそ、我々一人ひとりがどう環境対策に向き合うか、試されています。

大越 裕 (おおこし ゆたか)
神戸在住。理系ライター集団チーム・パスカル所属。大学研究者や経営者のインタビュー、ルポルタージュを雑誌やウェブメディアなどに執筆。

お問い合わせ

上記に関するお困りごとやご相談が
ございましたら、
お問い合わせフォームよりお気軽に
お問い合わせ下さい。

お問い合わせフォーム