コベルコ科研・技術ノート
こべるにくす
Vol.32
No.59
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ここにも科学No.21
天体望遠鏡
未知なるものを求め続けて―
「天体望遠鏡」の遥かなる歩み
私たちが星空を見上げるとき、強い味方になってくれるのが「天体望遠鏡」だ。普段は小さな光の点に過ぎない星々。しかしスコープを通すと、不思議な模様があったり美しいリングを持っていたりと、その1つ1つがいかに個性的で魅力に溢れているかを知ることができる。あるいは漆黒の闇だと思っていた空間に、まだまだ無数の星が瞬いていることにも気付けるかもしれない。
そもそも、なぜ望遠鏡は遠くのものを大きく映し出せるのだろうか。可視光線を利用した望遠鏡は「屈折式」「反射式」の2つに大きく分類できるが、それぞれの歴史とともにその構造を探ってみよう。
この世に初めて誕生した望遠鏡は「屈折式」のものだった。オランダの眼鏡職人であるハンス・リッペルハイ(?-1619)が、凸レンズと凹レンズの組み合わせで遠くのものが近く見えることを発見。1608年に完成させたのが、筒の両端に2枚の岩塩レンズを取り付けた世界初の望遠鏡である。さらにこの技術を応用し、自作望遠鏡で初めて天体観測を行ったのがガリレオ・ガリレイ(1564-1642)だ。彼は対物に凸レンズ、接眼に凹レンズを用い、拡大した正立像が得られる新しい機構を生み出した。その後、ガリレオ式の「倍率に反比例して視野が狭くなる」という点を解消したケプラー式望遠鏡が登場。これは接眼部分に凸レンズを用いたもので、像こそ上下左右が反転するものの高倍率においても広い視野が確保できるようになった。(現代の屈折式望遠鏡の多くはこのケプラー式の原理が応用されている)
ところが求められる性能が高まるにつれ、屈折式望遠鏡は大きな障壁にぶつかる。レンズが持つ2つの性質、球面収差(入射角度により焦点距離がばらつく現象)と色収差(像の色に滲みが出る現象)による誤差が無視できなくなってきたのだ。そこで考え出されたのが、レンズではなく鏡を用いる方法である。1663年に英国のジェームズ・グレゴリー(1638-1675)が2枚の鏡を組み合わせた望遠鏡を発明。その5年後、物理学者アイザック・ニュートン(1643-1727)は反射鏡を挟むことで、鏡筒をコンパクト化することに成功した。現在もよく目にする「横から覗き込む」タイプの望遠鏡の生みの親は、他ならぬあのニュートンだったのだ。
望遠鏡の歴史に詳しい天体望遠鏡博物館(香川県さぬき市)の白川博樹氏は次のように語る。「20世紀に入ると、小型望遠鏡が量産化され世に広まるとともに、天体研究の高度化による望遠鏡口径の大型化が加速しました。それでも驚くべきは、黎明期に生まれた『屈折式』『反射式』の二方式があくまで主流であり続けたことです」。例えば小型望遠鏡の分野では現在、補正板と呼ばれるレンズを用いた両方式のハイブリッド型「シュミット・カセグレン式及びマクストフ・カセグレン式」が愛好家の間で大きな人気を集めているという。他方、大型望遠鏡の分野では特に反射式が活躍。ハッブル宇宙望遠鏡の後継として2022年から運用開始された世界最大の宇宙望遠鏡「ジェイムズ・ウェッブ」も、実は主鏡と副鏡を備えた反射式なのだそう。「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡はハッブルの約6倍の面積の主鏡を備え、可視光線ではなく赤外線を捉えることで誕生直後(約137億年前)の銀河まで観測できるといわれます。今後もこの望遠鏡を使って、さまざまな新事実が発見されていくに違いありません」(白川氏)。
はるかガリレオの時代から、ジェイムズ・ウェブが宇宙空間を漂う現代まで、この400年間で望遠鏡の技術は目覚ましい発展を見せてきた。それでも「屈折式」「反射式」という2つの原理が今も活用され続けているという事実は、1つ1つの「発見」の積み重ねこそが科学技術の進歩を支えているということを如実に示す例だろう。前出の白川氏は言う。「そして、その原動力となり続けてきたものこそ『見えないものを見たい』と欲する人類の知的好奇心だったことは間違いないと思うのです」。とすれば、宇宙空間が果てのない無限ものであり続ける限り、これからも天体望遠鏡の進化は決して止まることはないはずだ。
