コベルコ科研・技術ノート
こべるにくす
Vol.32
No.58
- TOP
- 技術ノート「こべるにくす」一覧
- アーカイブス
- EV向け大容量リチウムイオン電池の試作と特性評価
Technical
Report
A
EV向け大容量リチウムイオン電池の
試作と特性評価
近年、カーボンニュートラルやSDGsなど、地球環境保全の観点から車両の電動化が加速しており、車載用二次電池として高エネルギー密度のリチウムイオン電池が採用されている。電気自動車(EV)の課題である航続距離の長距離化を実現するため、電池のさらなる高容量化、高エネルギー密度化が要求されている。電極設計の観点では、高容量活物質の使用、電極合材層中の活物質比率の増加、電極合材層の厚膜・高密度化などにより電池の高エネルギー密度化が図られている。加えて、電池モジュール・パック設計の観点では、電池セルの大型化、構成部品点数の削減などによる電池の軽量化がなされ、200Ahを超える大容量セルも実用化されている。
電池の高エネルギー密度化を達成するためには、高容量活物質のサイクル特性の向上、厚膜高密度電極の内部抵抗の抑制、大電流充放電に対応したセル設計の最適化など検討課題が多く存在する。そのため、当社では電極試作技術の向上、EV 搭載用模擬セルの試作技術の確立、交流インピーダンス法による内部抵抗解析など、電池の高エネルギー密度化に貢献できるよう日々検討を行っている。
本稿では、当社が注力するEV 設計支援のための高容量電極、大型電池セルの試作技術、および高容量電極に対する交流インピーダンスの解析技術について紹介する。
A-1 EV向け高容量電極の試作技術
EV向けリチウムイオン電池の正極活物質にはエネルギー密度、入出力特性の観点から、Li(Ni1/3Co1/3Mn1/3)O2 (NCM111)やLi(Ni0.8Co0.15Al0.05)O2 (NCA)が開発されてきた1-3)。NCM111における充放電において、優先的に起こる酸化還元反応はNi2+ / Ni4+であることから、さらなる電極の高エネルギー密度化のために既存の活物質よりNiの含有比率を高めたLi(Ni0.5Co0.2Mn0.3)O2( N C M 5 2 3 ) 、L i ( N i 0.6 C o 0.2 M n 0.2 ) O2 ( N C M 6 2 2 ) 、L i(Ni0.8Co0.1Mn0.1)O2 (NCM811) の適用検討が進められている4, 5)。一方、負極活物質としてはグラファイトが主にもちいられているが、高エネルギー密度化のためにグラファイトよりも理論容量の大きいSi、SiOといった合金系負極の開発と実用化が進められている6, 7)。 当社の試作工程のイメージを第1図に、当社標準材料をもちいた電極の放電曲線を第2図に示す。当社ではこれらを標準材料として保有しており、ドライルームに設置された各種混錬機により材料に応じた条件でスラリー化し、連続精密塗工機により所定の目付量にて塗工した後、乾燥炉にて乾燥、ロールプレスにより密度調整を行うことでさまざまな電極を試作することができる。
とくにEV 向け電池の場合には活物質比率を増加させるため、導電助剤およびバインダー比率が非常に少ない状態となる。そのため、固練り工程により導電助剤、バインダーを均一に分散させることが重要であり、当社ではプラネタリーミキサーをもちいることで均質なスラリーを作製し、分散性の良い電極試作を行っている。また、電極の高密度化も求められており、加熱機構を備えたプレス機にて対応することで高密度化を達成している。これら電池試作設備はドライルーム内に設置しており、低露点環境下にて安定した品質で電極試作を行うことができる。EV 向け電極では電極材の混合比や膜厚、密度など、用途に応じて細かな設計変更が多く検討されているが、当社では上記のように電池試作設備を使いこなすことで、細かな設計変化にもフレキシブルに対応し、ご要望に応じた設計の電極を試作することが可能である。
第1図 電極試作工程

第2図 当社標準活物質の放電曲線

A-2 EV向け大型電池セルの試作技術
当社ではコインセルなどのラボ用小型電池から、第3図に示す実機形状のテスト用電池の試作が可能である。サイズや形状を比較的自由に設計できる積層型ラミネート型電池については、当社オリジナルの積層設備をもちいることで、100 層以上の積層体を作製でき、100Ah 以上の大型電池の作製が可能である。さらに電極捲回機により円筒電池の円筒型捲回電極、角型電池用の扁平捲回電極の試作が可能であり、円筒型の18650 型電池、角型電池に加え、近年EV 搭載用電池として多く採用されている21700型電池の試作にも対応している(第4図)。EV 向け大型電池セルの例として、NCA 正極とグラファイト負極をもちいた160Ah 級大型ラミネート型電池および、NCM111 正極とグラファイト負極をもちいた円筒型21700 型電池(設計容量3.5Ah)の充放電容量を第5図に示す。いずれも設計容量同等の容量を示しており、充放電効率も>99%と良好な充放電挙動を示している。この電池試作技術と先に紹介した電極試作技術を使用することで、EV 搭載用模擬電池セルを作製することが可能であり、電極設計だけでなく、セル設計によるエネルギー密度向上の検討を行うことも可能である。また、熱電対などのセンサーを電池セル内部に仕込む特殊電池セル試作にも対応しており、充放電中の電池セルの内部および外部の温度をモニターし、発熱挙動を把握することで、電池モジュールや電池パックの熱設計に必要な情報を取得することが可能である。
第3図 当社の試作電池

第4図
積層電極(上左)、捲回電極(上右)、
長尺セル(下左)、21700型セル(下右)

第5図 160Ah級大型ラミネート型電池(左)、円筒型21700型電池(右)の充放電曲線

A-3 対称セルをもちいた交流インピーダンス解析技術
電池の高エネルギー密度化について、単位面積当たりの活物質量を増加させるため、電極の厚塗りや高密度化など電極設計に対する取り組みがなされている。しかし、厚塗り電極ではLiイオンおよび電子の移動距離が長くなること、高密度電極では電極中の細孔が減少し活物質- 電解液界面が減少することで内部抵抗の増大が懸念される。電極の内部抵抗としては第6図に示すような抵抗成分が存在し、とくに電極細孔内のイオン輸送抵抗(Rion)と活物質- 電解液界面の電荷移動抵抗(Rct)が電極設計に大きく影響を受ける。そのため、電極設計の最適化にはRionおよびRctを定量的に評価することが重要となる。この内部抵抗の評価手法として、作用極および対極の両極に評価対象の電極をもちいた対称セルによる、交流インピーダンスの解析が注目されている。RionおよびRctの解析として、対称セルで評価した交流インピーダンス測定結果(ナイキストプロット)を、伝送線モデルをもちいて解析することで第7図に示す関係性をえられることが知られている8, 9)。そのため、充放電による活物質の膨張収縮が少ない電極では、Rionの充電状態(State Of Charge: SOC)依存性は無いため、未充電状態でRionを算出しRion/3+Rctの関係で表される実験値から差し引くことでRctを算出することが可能である10)。しかし、近年注目されているSiやSiOなどの高容量負極においては、充放電での活物質の膨張収縮が大きく、電極の体積変化も生じるため、SOCの違いにより電極の膜厚が変化、細孔構造が変化しRionのSOC 依存性が発生する。そのため、これまでと同様の手法ではRionとRctの切り分けを行うことができない。そこで、当社では電解質にLiを含まない電解液を使用することで、Liイオン伝導を阻害しRctの影響の排除が可能となり、RionおよびRctの分離解析手法を確立した。
以降に高容量負極の解析事例としてSi負極をもちいたRionの解析結果を紹介する11)。解析用セルは第8図に示すように、作用極および対極にSi負極をもちい、充電極である金属Liを挟む形で設置する。
第6図 電極の内部抵抗成分

第8図 Rion評価セル構成

第7図 伝送線モデルを用いたRion及びRctの解析

電解液は1M LiPF6 EC/DEC=1/1 vol. (以降LiPF6と表記)をもちいてセルを構成し所定のSOC へ充電後、交流インピーダンス測定を実施する。その後、電解液を0.7M TEABF4 EC/DEC = 1/1 vol.( 以降TEABF4と表記)に入れ替え交流インピーダンス測定を実施する。LiPF6でのナイキストプロットおよびTEABF4でのナイキストプロットを第9図に示す。LiPF6でのナイキストプロットでは円弧成分が確認されており、活物質- 電解液界面の電荷移動抵抗に由来するRctが存在することがわかる。一方でTEABF4での結果ではRctに由来する円弧成分が排除されていることがわかる。これは電解質にLiを含まない電解液を使用することで、電解液のLiイオン伝導性を低下させ、活物質から電解液へのLiの移動を阻害していることを表している。このように、Liを含まない電解質をもちいることで体積変化の大きい高容量負極においてもRionを解析することが可能となる。TEABF4での結果よりSi 負極のRionを解析すると第10図に示すようなSOC 依存性を示した。これは、充電による活物質の膨張に伴い、電極の厚み変化や電極中の細孔容積が減少することによりRionが増加していることを表している。また、第1表に示すように、求めたRionをもちいて、Rion/3+Rctからの差し引きで、RctのSOC 依存性も求めることが可能となる。このように、Liを含まない電解液をもちいた対称セルの交流インピーダンス測定を実施し、伝送線モデルをもちいて解析を行うことで、活物質の膨張収縮をともなう電極においても、Rionの解析が可能となり、RionとRctを定量的に評価できる。この手法をもちいれば膜厚・密度の最適化だけでなく、電極の膨張収縮を抑えるバインダーの検討などにも適用することが可能となる。
第9図 Si負極対称セルのナイキストプロット

第10図 Si負極RionのSOC依存性

第1表 Si負極RctのSOC依存性

本稿ではEV 向け高エネルギー密度蓄電池開発支援のための高容量電極試作技術、大型セル試作技術および内部抵抗解析技術を紹介した。これらの試作解析技術をもちい、高容量活物質の活用や電極・セル設計の最適化など、電池のエネルギー密度向上へ貢献できれば幸いである。また、電池モジュールを試作することで、充電時の発熱や冷却検討といった熱マネジメント評価も可能であり、熱・劣化シミュレーションと組み合わせることで、安全性向上・長寿命化に向けた電池設計検討が可能となる。さらに、セルの充放電中の膨張収縮可視化や反力測定、充放電曲線解析(dQ/dV 法)や定電流間欠滴定法(GITT 法)など非破壊の電気化学評価についても取り組んでおり、EV 向け蓄電池のみならず定置型蓄電池システムの劣化診断や寿命予測シミュレーションへの展開も進めている。
今後も電池試作・特性評価技術によりEV 向けや定置型大型蓄電池の研究開発を支援し、持続可能な社会の発展に貢献したい。
参考文献
- *1) N. Yabuuchi, et al., J. Electrochem. Soc., 152 (7)(2005) A1434.
- *2) N. Yabuuchi and T. Ozuku, J. Power Sources, 146(2005) 636.
- *3) C.H. Chen, et al., J. Power Sources, 128 (2004) 278.
- *4) H.-J. Noh, et al., J. Power Sources, 233 (2013) 121.
- *5) A. Verma, et al., J. Electrochem. Soc., 164 (13) (2017)A3380.
- *6) Y. Hwa, et al., J. Power Sources, 222 (2013) 129.
- *7) K. Pan, et al., J. Power Sources, 413 (2019) 20.
- *8) N. Ogihara, et al., J. Electrochem Soc, 159 (2012)A1034-A1039.
- *9) Z. Shiroma, et al., Electrochemistry, 83(6), 425 (2015).
- *10) K. Kisu, et al., J. Power Sources, 396 (2018) 207.
- *11) 林ほか:第61回電池討論会、1C12( 2020).