コベルコ科研・技術ノート
こべるにくす
Vol.32
No.59
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Technical
Report
C
液中置換法による
金属融体の密度測定技術
アルミニウム合金鋳造部品においては、鋳造変形や欠陥の予測のために、湯流れや凝固のシミュレーション、いわゆる鋳造CAEが鋳造工程設計に適用されている1)。また、機械学習などの情報科学技術を材料工学へ適用するマテリアルインフォマティクス(MI)の活用も注目を集めており2)、種々の材質ならびに状態の系統的な材料データベースの構築の重要性が増している。しかしながら、解析にもちいられる溶融状態の金属の材料物性は、融体試料の取り扱いの困難さや、市販の測定機器が無いことから、測定することが容易ではなく、データベースが整備されているとは言い難い。そこで我々は物性として溶融状態の密度に着目して測定技術の開発に取り組み、液中置換法(アルキメデス法)による測定方法を確立した。本稿では、実際に種々の純金属とAl-Si合金を測定した事例を紹介する。また、鋳造部品における欠陥に引け巣が挙げられるが、引け巣の発生原因の一つに溶湯が固まる際の凝固収縮が考えられる。溶湯密度が測定できることで凝固収縮率の評価が可能となったので、その事例も併せて紹介する。
C-1 液中置換法
1.1 概要
我々が開発した液中置換法はいわゆるアルキメデス一球法である。第1図に装置の概略図を、第1表に主な測定条件を示す。高温融体の密度測定方法としてはより測定精度が高いとされるアルキメデス二球法3)も挙げられるが、後述する検証結果(2.1項)から本手法はその測定精度の範囲内においてアルキメデス二球法と同等の精度であることを確認した。また、JIS Z 88044)では液中ひょう量法という測定方法の記載があるが、第1図に示す装置とJIS記載の装置とでは異なる点があることから、液中ひょう量法との区別のために「液中置換法」と独自に呼称している。
液中置換法では、密度既知の重錘をもちいて大気中および溶湯中での重錘の重量をひょう量することで、アルキメデスの原理から溶湯の密度を算出する。ここで、液中置換法においては重錘の材質が適切でなければ正確な評価が困難となるため、重錘の材質選定がもっとも重要であると言っても過言ではない。本研究で使用した重錘の材質には、想定する測定対象との反応性および密度を考慮して超硬合金を採用した。
第1図 装置概略図

第1表 主な測定条件

1.2 測定原理
液中置換法では、密度既知の重錘を溶湯中に懸垂し、大気中および溶湯中での重錘の重量をひょう量することで、アルキメデスの原理から(1)式により溶湯の密度を算出することができる。
m1:大気中の重錘の重量[kg]
m2:溶湯中の重錘の重量[kg]
ρl:溶湯の密度[kg/m3]
ρs:重錘の密度[kg/m3]
液中置換法の実現に際して最も重要な技術課題は、適切な重錘を選定することである。重錘は、まず溶湯中で懸垂するために重錘の方が溶湯よりも密度が大きくなければならず、かつ溶湯中で破損、変形、化学変化することなく安定であるという要件を満足することがもとめられる。そこで我々は、アルミニウム合金やはんだ材料を主な測定対象として重錘の材質を検討し、すべての条件を満足する材質として超硬合金を採用した。
C-2 高温融体の密度評価事例
2.1 Snの密度測定結果とアルキメデス二球法の検証
Snに対して液中置換法による密度測定をおこなった結果を第2図に示す。比較のために密度の文献値5)を併せて示した*。測定値は、温度が高くなるにつれて密度が小さくなる温度依存性が確認され、これは文献値の示す傾向とも一致している。また、測定値は文献値の±1%以内となった。
次に、アルキメデス二球法による密度測定の検証をおこなった。アルキメデス一球法では吊り線にかかる表面張力を考慮すると、温度Tにおける溶湯の密度ρTは式(2)のように表される。
d:吊り線の直径[m]
γ:表面張力[N/m]
θ:溶湯と吊り線との接触角[deg]
g:重力加速度[m/s2]
V:室温における重錘の体積[m3]
β:重錘の体積膨張係数[1/℃]
ΔT:測定温度と室温との温度差[℃]
しかし、表面張力や接触角を正確に測定することは非常に困難である。アルキメデス二球法では体積の異なる2つの重錘A, Bを使って測定することで、式(3)の様に表面張力の項を相殺している。そのために、一般にアルキメデス二球法は一球法に比べて精度よく測定できるとされている。
重錘にφ30.16 mmとφ25 mmの超硬合金球を使用して、245℃でのSnの密度を測定した。各重錘での密度測定結果を第2表に示す。一球法と二球法の測定結果は±1%以内で一致しており、一球法であっても二球法と遜色のない測定精度であることがわかった。
第2図 Snの密度測定結果

第2表 アルキメデス二球法の検証結果


2.2 純金属
Bi, Sn, Alの液中置換法による密度測定結果を第3図に示す。BiおよびAlの文献値も第2図の脚注と同じ数式で算出した。いずれの測定値も文献値5)と近い値を取っており、Alのように比較的高温での測定であっても、Biのように密度が大きい試料であっても問題無く測定できていることがわかる。これは、選定した重錘の材質が適切であったことを裏付けている。
第3図 純金属の密度測定結果

2.3 Al-Si合金の密度測定結果
Si添加量の異なるAl-Si合金に対する密度測定をおこない、Si添加量と密度の関係を調べた。各試料における密度測定結果を第4図に示す。いずれの試料でも温度が高くなるにつれて密度が小さくなる傾向が確認された。また、700℃における各試料の測定結果のSi添加量に対するプロットを第5図に示す。密度はSi添加量に比例して密度が大きくなっていた。このSi添加量依存性については、700℃におけるAlとSiの密度を比べたときにAl (2.37 g/cm3)よりもSi (2.74 g/cm3)の密度が大きい5)ことから妥当な結果と言える。
第4図 Al-Si合金の密度測定結果

第5図 Al-Si合金における密度のSi添加量依存性

2.4 Al-Si合金およびADC12の凝固収縮率測定結果
固相線温度における密度ρSolidusと液相線温度における密度ρLiquidusから、式(4)より凝固収縮率Sを求めることができる。
実際には、固相線温度および液相線温度における密度の実測は困難であるため、それぞれの近傍温度での密度をもちいて、凝固収縮率を算出した。固相線温度近傍における密度は、式(5)より試料の室温密度ρRTに対し、温度Tにおける線膨張率ΔL/L0 をもちいて試料体積を補正することで算出した。
Al-Si合金および、一般的な鋳造用アルミニウム合金であるADC12(Si添加量:約10.5%)の凝固収縮率を測定した。第6図に固相および液相における密度測定結果を示す。また、第7図に凝固収縮率の測定結果を示す。Al-Si合金においてはSi添加量が多くなるにつれて凝固収縮率は直線的に小さくなる傾向が認められた。また、ADC12ではSi以外の合金元素も添加されているため固相および液相の密度はともにAl-Si合金に比べて大きかったが、凝固収縮率はSi添加量の近いAl-10%Siと近しくなっており、凝固収縮率にはSi添加量が大きく寄与していると考えられる。
ここで、Si添加量が多いほど凝固収縮率が低下した点について考察する。第8図に500℃での固相密度と700℃での液相密度をプロットして示す。液相密度については前述の通り液相におけるAlとSiの密度の大小関係からSi添加量が多いほど合金の密度は大きくなる。一方、固相においてはAlとSiの密度の大小関係は液相とは逆になる。たとえば523℃ではAl (2.595 g/cm3)よりもSi(2.317 g/cm3)の密度が小さい6)。したがって、固相ではSi添加量が多いほど合金の密度は小さくなる。このことから、固相での晶出および析出Siによる密度低下と、液相でのSiによる密度上昇が凝固収縮率の低下につながっていると考えられる。
第6図 Al-Si合金およびADC12の密度測定結果

第7図
Al-Si合金およびADC12の凝固収縮率の
Si添加量依存性

第8図 Al-Si合金の固相密度と液相密度の比較

本稿では、高温融体の密度測定技術に関して、実際にBi, Sn, Alといった純金属およびAl-Si合金の測定結果を例にして紹介した。金属融体に関する密度のデータは報告例が少ないため、本技術をもちいることでデータベース構築への貢献が期待される。一方、現状対応可能な温度は900℃程度までとなっている。今後、鋳鉄や銅合金といったさらなる高融点材料の評価にも対応できるように温度範囲を拡大していくことが今後の課題の一つである。
また、当社では溶融物性全般の評価技術を網羅すべく、本報で紹介した密度測定技術の他に熱伝導率や表面張力の評価技術も開発を進めてきた。従前より保有している熱伝導率、比熱、潜熱、熱膨張、弾性率などといった固体熱物性の評価技術メニューに、溶融物性の評価技術が加わったことで、より系統的な試験分析サービスの提供が可能になったと確信している。引き続き、さらなる技術発展を通じてお客様の研究開発をサポートし、社会貢献の実現を目指していく。
参考文献
- *1) 前田安郭:精密工学会誌, 76(2010), pp.395-398
- *2) 知京豊裕:情報知識学会誌, 27(2017), pp.297-304
- *3) 森田善一郎ほか:日本金属学会誌, 34(1970), pp.248-253
- *4) 日本工業規格:JIS Z 8804 (2012)
- *5) 日本金属学会編:改訂4版 金属データブック, 丸善, (2004), p.16
- *6) 熱物性ハンドブック編集委員会:改訂第2版 熱物性ハンドブック, 養賢堂, (2000), pp.22-25