コベルコ科研・技術ノート
こべるにくす
Vol.32
No.59
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Technical
Report
B
極低温における材料試験技術
近年、カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みの一つとして、水素インフラ整備にともなう液体水素向け機器用材料や、先端学術研究向けの粒子加速器や熱核融合実証炉等の超電導コイル構造材料などの開発・製作が盛んになっている。これらのプロセスは-253℃(液体水素、20K)や-269℃(液体ヘリウム、4K)の極低温環境であるため、安全性を担保するためには、その温度における材料物性取得や溶接施工の確性試験が必要となる。本稿では、当社保有の極低温環境試験装置および実施可能な材料試験について紹介する。
B-1 極低温環境試験装置
当社では、試験片を液体ヘリウムに浸漬し液体ヘリウムの大気圧沸点(おおよそ4K)温度にて材料試験をおこなうことができる装置を保有している。液体ヘリウムは外部からの入熱により容易に気化してしまうため、この温度で安定した試験をおこなうためには、高真空の断熱構造を持つ液槽(クライオスタット)および配管(トランスファーチューブ)など外部からの入熱を極力抑えた機器を使用しなければならない。
当社が保有する装置は、クライオスタット付きの万能試験機(荷重容量100kN)および電気油圧サーボ式疲労試験機(荷重容量100kN)である(第1図)。それぞれの装置で対応可能な試験の概略について第2図に示す。万能試験機では引張試験および破壊靭性試験のような静的試験を実施でき、電気油圧サーボ式疲労試験機では疲労試験や疲労き裂進展試験などの動的試験を実施できる。どちらの装置も試験片の設置場所の寸法に制約があり、試験片は設置場所内に収まるように設計する必要がある。また、試験片が液体ヘリウムに浸漬されていることは、クライオスタット内の液体ヘリウムの液面高さを測定することで確認する。
冷媒として使用するヘリウムは世界の限られた地域のみで生産される貴重なガスであり、国際的なヘリウムの需給状況が価格や入手量に影響を及ぼす。液体ヘリウムの使用量を節約するため、万能試験機では一度に複数の試験片を液体ヘリウムに浸漬できる構造となっている。加えて、当社では液体ヘリウムを比較的安定して入手できる体制を構築しており、液体ヘリウムの需給状況が試験日程に及ぼす影響は少ない。
第1図 極低温試験装置

第2図 対応可能な試験の概略

B-2 引張試験
液体ヘリウム浸漬環境における金属材料の引張試験の規格として、JIS Z22771)、ASTM E14502)および ISO6892-43)などがある。
試験結果の一例として、オーステナイト系ステンレス鋼の極低温環境における応力-変位線図を示す(第3図)。オーステナイト系ステンレス鋼のように低温脆性を示さない材料の極低温環境における引張試験では、材料の引張強さは一般に常温の場合の1.5~2倍以上となる。また、比例限を超えたあたりから鋸刃状の挙動を示す。これは「セレーション」と呼ばれ、降伏による発熱と再冷却の繰り返しにより生じると言われている。引張速度が速くなると試験片の変形にともなう発熱量が増加し、試験結果に影響を及ぼす。そのため、引張速度は材料特性に影響を及ぼさないよう、室温環境の引張試験と比較して遅い速度とする必要があり、上記の試験規格では公称ひずみ速度1×10-3/secを超えないよう規定されている。
また、治具や試験片形状を工夫することで、金属材料以外にCFRPなどの繊維強化プラスチックや硬質発泡樹脂などの、樹脂材料の引張試験にも対応可能である。一例として硬質発泡ウレタンの引張試験における荷重と変位の関係を示す(第4図)。極低温環境における強度は、室温と比較して2倍程度の値となっていることが分かる。
当社の極低温環境試験装置では、金属材料から硬質発泡樹脂のような低強度材まで、さまざまな材料の極低温環境下における機械的特性を求めることができる。また、治具構造を工夫することにより圧縮や3点曲げなどの負荷モードにも対応可能である。
第3図
オーステナイト系ステンレス鋼の
極低温環境における応力-変位線図

第4図
硬質発泡ウレタン樹脂材の室温および
極低温環境における荷重-変位線図

B-3 破壊靭性試験
極低温環境における破壊靱性試験の評価対象材は、主にオーステナイト系ステンレス鋼やアルミニウム合金などの低温脆性を示さない材料であり、その評価は主に弾塑性破壊靭性試験(JIC試験)でおこなわれる。液体ヘリウム浸漬環境におけるJIC試験の規格としてJIS Z22844)がある。ASTM規格では液体ヘリウム浸漬環境用の規格は規定されていないため、ASTM規格での対応が必要な場合はASTM E18205)を参考に試験を実施している。ただし、この規格では、液体ヘリウム浸漬環境において一部適用が難しい要求事項があるため注意が必要である。
JIC試験でもちいる除荷コンプライアンス法による試験の概略を第5図に示す。除荷コンプライアンス法とは、試験途中で間欠的に最大荷重の10%程度の除荷・負荷を繰返し、その時のコンプライアンス(荷重と開口変位の関係における傾きの逆数)からき裂長さを求め、除荷・負荷1回ごとのJ積分とき裂進展量をJ-Δa線図にプロットし、R曲線を得る方法である。
破壊靭性試験では、開口変位の測定に室温での試験と同様にクリップゲージを使用する。クリップゲージの感度は温度により変化するため、事前に室温から4Kになった際のクリップゲージ感度の変化量を実験的に取得し、測定値の補正をおこなう必要がある。
第5図 除荷コンプライアンス法によるJIC試験の概略

B-4 疲労試験
疲労試験には弾性域でおこなう高サイクル疲労試験と、塑性域でおこなう低サイクル疲労試験および疲労き裂進展試験がある。
液体ヘリウム浸漬環境における疲労試験の規格として、低サイクル疲労試験ではJIS Z22836)がある。高サイクル疲労試験では、液体ヘリウム浸漬環境用の試験規格は規定されていないため、その他の温度環境における規格を参考にした対応となる。
疲労き裂進展試験では、応力拡大係数範囲と疲労き裂進展速度の関係を取得することができ、構造物の予寿命予測・評価に必要なデータが得られる。疲労き裂進展試験では、液体ヘリウム浸漬環境用の試験規格は規定されておらず、ASTM E6477)を参考にした対応となる。疲労き裂進展試験ではJIC試験と同様に、試験片に取り付けたクリップゲージより開口変位を適宜読み取りコンプライアンス法によってき裂長さを求めることで評価をおこなう。
疲労試験では試験時間が数日から1週間程度と長時間となる。クライオスタット内の液体ヘリウムは断熱されているとは言え時間経過にともない蒸発するため、減少量にあわせて継ぎ足す必要がある。
B-5 水素チャージ材の材料試験
材料中の水素は室温付近では材料を脆化させることはよく知られているが、液体水素温度(20K)における挙動は一部の材料では研究されているが、まだよく分かっていないことが多い。そこで、材料中の水素の影響を調査するために、保有しているオートクレーブをもちいて高温高圧ガス処理により材料中に水素をチャージし、水素チャージありの材料となし材料をもちいて、液体ヘリウム浸漬環境での引張試験をおこなった。第6図にその結果を示す。この試験結果からは水素チャージをした材料の方が破断変位が大きくなっていることがわかる。これに関しては、N増しの試験等を含めた検討が必要だと考えている。
第6図
液体ヘリウム中での引張試験結果
水素チャージ有無の比較

本稿では、当社で実施可能な極低温環境における試験技術について解説した。今後も、極低温評価技術を継続・発展させていくことで、お客さまの極低温環境試験のニーズに応えられるよう努めていきたい。
参考文献
- *1) 日本産業規格:金属材料の液体ヘリウム中の引張試験方法、JIS Z2277:2000
- *2) ASTM STANDARD:Standard Test Method for Tension Testing of Structural Alloys in Liquid Helium、ASTM E1450-16
- *3) INTERNATIONAL STANDARD:Metallic materials -Tensile testing- Part4:Method of test in liquid helium、ISO6892-4:2015(E)
- *4) 日本産業規格:金属材料の液体ヘリウム中弾塑性破壊じん(靭)性JIC試験方法、JIS Z2284:1998
- *5) ASTM STANDARD:Standard Test Method for Measurement of Fracture Toughness、ASTM E1820-23b
- *6) 日本産業規格:金属材料の液体ヘリウム中の低サイクル疲労試験方法、JIS Z2283:1998
- *7) ASTM STANDARD:Standard Test Method for Measurement of Fatigue Crack Growth Rates、ASTM E647-23b