コベルコ科研・技術ノート
こべるにくす
Vol.32
No.59
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- 数値流体解析CFD(Computational Fluid Dynamics)による液化水素貯槽の熱マネジメント
Technical
Report
A
数値流体解析CFD
(Computational Fluid Dynamics)による
液化水素貯槽の熱マネジメント
グリーン成長戦略において、日本は2050年のカーボンニュートラルの実現を宣言している1)。この中で、2030年には水素利用を300万トン、2050年には2000万トンの目標が掲げられており、エネルギーとしての水素への期待が高くなっている。
水素は二次エネルギーであり、さまざまな資源からさなざまな用途へ向かって製造・輸送・供給されることから、その形態も圧縮水素ガス・液化水素・メタノールなどの有機化合物・アンモニア・金属吸着など幅広く存在する。この中で、液化水素は大規模長距離輸送が可能なことが利点であり、一次エネルギー資源の豊富な国で大量に製造・液化し、タンカーにより産業集積地の港湾へと持ち込むことが可能である。持ち込まれた液化水素は、現在LNGで見られるような大型低温貯槽に貯蔵され、需要に応じて各種プラントや水素ステーションなどへ供給される。その際には、大規模な輸入ターミナルの建造が必要であり、ここで中核をなす設備が貯蔵に利用される液化水素貯槽である。
神戸新港に建設された液化水素貯槽パイロットプラントでは、-253℃で体積を1/800にした極低温の液化水素を長期間、安定的に貯蔵する2,250m3の球形液化水素貯槽が設置され実証試験が進められている2)。並行して、2000万トンの需要を満たすためにさらなる大型貯槽の開発が進められている状況である。
液化水素の沸点は約-253℃と低く密度も小さいため簡単に気化してしまうことから、液化水素貯槽の開発に当たっては熱的な影響を検討することが重要課題であり、CFD(Computational Fluid Dynamics)による検討が注目されている3) 。液化水素の気化しやすさから、高性能な断熱構造を検討する必要があり、その中では熱的に厳しい貯蔵条件を検討することも重要である。
本稿ではCFDをもちいて水素貯蔵における液化水素貯槽の伝熱モデルを構築し、液位の変化に着目した検討内容を紹介する。
A-1 液化水素貯槽の構造
液化水素はLNGと比較すると体積当たり11倍蒸発しやすい4)物質であることから、水素を液化貯蔵するための大型の貯槽には極めて性能の高い断熱構造を採用する必要がある。この蒸発のしやすさをBOR(蒸発速度:Boil-off rate)と呼び、小型の液化水素貯槽では4 ~ 1wt%/day、大型の液化水素貯槽では0.1wt%/day程度とされている4)。従来の液化水素貯槽2)では、第1図のような表面積が最小となる球形貯槽外槽と内槽の二重殻構造の間を真空断熱する真空断熱方式が採用されている。BORを小さくするためには真空断熱方式は有利であるが、外槽は負圧設計となり座屈に対して厳しい条件となる。また、長時間の真空排気や真空劣化等、大型化に当たっては課題が多いことから、第2図のような平底円筒形非真空断熱方式も検討されている。平底円筒形貯槽では、外槽と内槽の間に常圧の水素を充填することで真空断熱方式の課題である真空圧による座屈を防ぐものである。一方で、水素ガスをもちいるため漏洩時に適切に検知する方法が必要となることや、熱伝導率の大きい水素ガスをもちいるため断熱効率が悪くなることが考えられる。非真空断熱方式の開発においては、断熱材の性能を効率よく引き出すことが課題である。
第1図 非真空断熱方式の液化水素貯槽イメージ

第2図 非真空断熱方式の液化水素貯槽イメージ

A-2 液化水素貯槽の熱流体解析
2.1 基礎方程式
液化水素貯槽内の挙動を解析するための基礎方程式について説明する。第3図に示すように、液化水素貯槽内では気液二相流の対流、貯槽内への熱侵入、液化水素の蒸発による相関移動量の考慮が必要である。これらを考慮するために既報に従って下記の式をもちいた。
連続の式
運動量保存式
エネルギー方程式
輻射輸送方程式
体積分率の式
ここで、ρ:密度、v:流速、Sm:ソース項、p:圧力、ρ→g :重力体積力、→F:外部体積力、keff:有効熱伝導率、τeff:有効応力テンソル、Sh:体積熱源、→r:位置ベクトル、→s:方向ベクトル、→'s:散乱方向ベクトル、s:経路長、α:吸収係数、n:屈折率、σS:散乱係数、σ:ステファン・ボルツマン定数、I:輻射強度、T:局所温度、Φ:位相関数、Ω':立体角、αv :蒸気の体積分率、ρv:蒸気密度、→vv:蒸気相の速度、m・lv、m・vl:蒸発、凝縮による物質移動速度である。この物質移動速度は、温度域別に次式で表すことができる。
Cは緩和時間を表す係数であり、現象に合わせて微調整が必要である。エネルギー方程式のソース項は、この物質移動速度に潜熱を乗じることで求めることができる。
第3図 液化水素貯槽の伝熱様式イメージ

2.2 解析モデル
本稿では、真空断熱方式の液化水素貯槽として、球形二重殻液化水素貯槽を対象とした。第4図に解析メッシュを示す。球形貯槽は軸対称形であることから、2次元軸対称でモデル化した。貯槽の直径は14m、内容積は約1436Lである。真空層の厚みは500mmとし、真空層内部にはパーライトが均質に充填されていると仮定した。外槽・内槽・真空層・貯槽内部の空間をモデル化対象とした。貯槽内部には気体水素と液化水素の両方をモデル化する必要があることから、VOF(Volume of Fluid)法により気液二相を表現した。VOF法は気体と液体の混相流解析のうち自由表面流れの解析手法で、第5図に示すように解析メッシュの体積のうち気体と液体の割合を 0 ~ 1 で表す方法である。真空層にはパーライトが均質に充填されることから、均質な多孔質体とした。また、真空層は1×10-3Paの高真空であると仮定し、真空層の流体による熱伝導、対流熱伝達は無視した。
第4図 解析メッシュ

第5図 VOF法のイメージ

第6図 飽和蒸気圧線

解析条件を第1表に示す。解析ケースは典型的な液位である液位90%、50%の2水準とした。飽和温度は、第6図に示す飽和蒸気圧線6)により決定されるものとした。
解析フローは、
①相変化なしで定常状態の熱バランスを求める。
②相変化なしの定常状態を初期条件として相変化を考慮する。
とした。
解析には、汎用熱流体解析ソフト『ANSYS FLUENT2023R2』を使用した。
第1表 解析条件

2.3 解析結果
第7図に熱的に平衡状態となった時間のVOFコンターを示す。青色が気体水素、赤色が液化水素を表しており、赤色と青色の界面が気液界面である。液位90%、50%のどちらの場合でも気液界面は静定しておらず、揺動しているような界面形状をしている。これは、気相に温度分布が付いていることによって生じた気相の対流の影響で気液界面が変形していると考えられる。
第8図に温度コンターを示す。図中の液化水素貯槽の黒色のラインは気液界面を表している。液位90%の場合には、貯槽頂部が局所的に高温となり気体水素の温度が約-220℃であるが、貯槽内はほぼ均一な温度であることがわかる。液位90%の場合は気体水素の容積が少ないため、液化水素の熱容量が律速で貯槽内の温度分布が決定されると考えられる。一方、液位50%の場合には、貯槽頂部の温度は約-210℃、気液界面で-253℃と気体水素には高さ方向に温度分布が付いていることがわかる。液位50%では貯槽頂部と気液界面の距離があるため、頂部からの入熱を冷却する作用が働きにくい。そのため、液位50%では液位90%より気体水素の温度が高くなる。これは、液位が低いと入熱の影響が出やすく貯蔵性能が下がることを示唆している。使用条件によっては長時間液位が低い状態となることが考えられることから、安定的に貯蔵するためには液位が低い状態でも十分な断熱性能を有している必要がある。
第9図、第10図に液位90%、50%における入熱量とBORを示す。BORは1日当たりの蒸発率を表しており、次式で求められる。
ここで、QT:1時間当たりの入熱量、L:潜熱、V:貯槽容積、ρ:液化水素の密度である。
液位90%の入熱量は約1.14×105 [kJ/hour]、液位50%の入熱量は約1.57×105 [kJ/hour]と約1.36倍の差がある。これをBORに換算すると液位90%は0.060 [wt%/day]、液位50%は0.082 [wt%/day]である。液位が90%から50%に低くなってもBORは0.1 [wt%/day]以下であり、真空断熱方式の性能が非常に高いことがわかる。
本検討により、液化水素貯槽での液化水素貯蔵時における基礎的な伝熱モデルを構築することでCFDにより液化水素貯槽内の状態を可視化することやBORの算出が可能となった。CFDでは、第7図に示す液化水素内の気液界面の状態や第8図に示す貯槽内の詳細な温度分布を評価できる。第8図では内層表面に温度境界層ができていることが見られ、実測では評価できない現象を評価できることで、新たな知見が得られることが期待できる。
第7図 VOFコンター

第8図 温度コンター

第9図 液位90%、50%における入熱量

第10図 液位90%、50%におけるBOR

本稿では、液化水素貯槽貯蔵時における基礎的な伝熱モデルについて紹介した。実際の液化水素貯槽では、外気温度・天候などの変化や蓄圧、強制蒸発などの運転条件の変化があり、これらが貯槽内の液化水素に与える影響も興味深いものである。今後も解析技術の高度化を行い、これらの検討課題の解決に努めていく。
参考文献
- *1) 経済産業省:グリーン成長戦略、2021年6月18日
- *2) 木村ほか:水素サプライチェーンを支える大型液化水素貯槽、圧力技術第60巻第1号(2022)
- *3) S.Rouhi et al.:CFD ANALYSIS OF FILLING PROCESS FOR A HYDROGEN ENERGY STORAGE SYSTEM, TFEC-2020- 32066
- *4) 古林義弘:液化水素輸送船のタンクシステムの研究、日本造船学会論文集第178号(1995)
- *5) 神谷祥二:水素輸送技術、日本造船学会誌第878号(2004)
- *6) 日本機械学会:流体の熱物性値集、丸善、1983、P.94
- *7) 古林義弘:LNG・LH2の貯槽システム、成山堂書店、2016、375p