コベルコ科研・技術ノート
こべるにくす
Vol.33
No.61
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Technical
Report
B
ペロブスカイト太陽電池の評価技術
近年、環境負荷の低減および持続可能な社会の構築に向け、再生可能エネルギーの主力電源化が急務となっている。中でも、ペロブスカイト太陽電池はSi太陽電池に劣らない高い光電変換効率を有するだけでなく、低温プロセスによる製造コストの削減、軽量性・柔軟性に起因する高い設置自由度といった特長から、次世代太陽電池として世界的に注目を集めており、国内においても社会実装を見据えた研究開発が進展している。
実製品化を見据えた主要な技術的課題として、長期耐久性の確保に向けた劣化挙動の解明、および大面積化・大量生産に向けた膜質均一性評価手法の確立が挙げられる。
劣化挙動の解明について、ペロブスカイト層の構造・組成解析には電子顕微鏡をはじめとする物理解析手法が多く適用されているが、電子線照射などの分析プロセスに起因する変質が解析精度に影響を及ぼす可能性がある。また、大面積サンプルの膜質均一性評価手法についても、実製品サイズでの迅速かつ非破壊な評価技術はまだ確立されていない。
以上の技術課題に対し、当社では大気非暴露・温度制御により変質を抑えた断面TEM(透過電子顕微鏡)観察・EDX(エネルギー分散型X線分光法)分析手法の確立、および大面積の膜質均一性評価に向けたライフタイム測定手法の適用検討を行った。その結果、断面観察については顕著な変質をともなわない高倍率TEM観察およびEDXマッピングが可能であることを確認できた。さらにライフタイム測定についても、Siウェハの評価実績のある装置を活用することで、ペロブスカイト層が最表面に露出しているサンプルであれば大面積の膜質均一性評価に活用できる可能性が認められた。本技術記事では、各手法についての評価内容の詳細を報告する。
B-1 ペロブスカイト太陽電池の特徴と課題
第1図にペロブスカイト太陽電池(以下PSCsとする)の基本的なデバイス構造を示す。PSCsはペロブスカイト層を正孔輸送層(HTL)および電子輸送層(ETL)で挟み込んだ積層構造を有しており、ペロブスカイト層はABX3型の結晶構造を取る。第1表に、各層にもちいられる材料例および膜厚を示す。ペロブスカイト層・HTL・ETLの膜厚はそれぞれ1µm以下であり、また製造工程の温度もSi太陽電池が最大約1000℃に対し、PSCsは約150℃である。そのため、基板材料の候補としてガラスだけでなく、PETなどの樹脂材をもちいることができ、軽量・フレキシブルなデバイス設計が可能である。各薄膜の成膜手法についても、ラボサイズであればスピンコート法やスパッタ法、大面積の場合はスプレー法やダイコート法などが採用されているため、製造コストの低減が見込まれる。
有機材料を含む層(特にペロブスカイト層)は作製工程および使用環境の影響を受けやすいため、薄膜内の結晶構造や状態の分析技術、および大量生産を踏まえた短時間での膜質均一性評価技術が求められている。
第1図 ペロブスカイト太陽電池の代表的なデバイス構造
第1表 各層に使用される材料例および膜厚
B-2 Cs-STEMをもちいたペロブスカイト層の低ダメージ観察
2.1 膜内の状態分析に関する課題
PSCsの膜構造や界面状態、組成分布の詳細評価には、XPS(X線光電子分光分析)などの表面分析手法が知られているが、空間分解能に優れ、結晶構造が把握できるTEMをもちいた断面観察・分析も極めて有効な手法である。TEMによる評価では、試料を薄く加工する必要があり、また高エネルギーの電子線を照射するために、試料の損傷が課題となっている。損傷について具体的には、①FIB(集束イオンビーム)加工による薄片試料作製やTEM観察時の電子線照射による熱的損傷、ノックオンダメージ、②試料雰囲気中の水分や酸素との反応、の2点が挙げられる。
以上を踏まえ、Cs-STEM(球面収差補正付走査透過電子顕微鏡)での低加速電圧観察により、ペロブスカイト層に対して、結晶構造や組成を維持したまま評価できるか検討した。
2.2 Cs-STEMによる低ダメージ断面観察事例
加速電圧に起因するダメージを比較するため、高加速電圧条件と低加速電圧条件を比較した。使用した装置の差異を第2表に示す。本評価には、立命館大学の峯元先生、根上先生より提供いただいたPSCsをもちいた。また、FIB加工による試料作製およびTEM観察・分析は試料の損傷を避けるため、大気非曝露下でのクライオ条件とした。
第2図に、高加速電圧条件の断面TEM観察結果を示す。透明導電膜の上に緻密TiO2層、多孔質TiO2層が積層され、ペロブスカイト層にはメチルアンモニウムヨウ化鉛(MAPbI3)がもちいられている。ペロブスカイト層は膜厚方向には1つの結晶粒で形成されており、それぞれの結晶粒が200~300nmであることが分かる。興味深いのは、結晶粒の中にモザイク状のコントラストが確認された点である。第3図にペロブスカイト層の1つの結晶粒に対象を絞った制限視野電子回折図形を示す。結晶粒内は単結晶を示す回折図形が得られているが、前述のモザイク状のコントラストは、わずかに方位の異なる結晶が存在している可能性が示唆される。今後、結晶構造をより詳細に解析することで、さらに材料開発に役立てられるものと考えられる。
第2図のような低倍率の観察のみでは高加速電圧をもちいても顕著な変質は認められなかった。電子線の照射密度が抑えられ、熱的ダメージやノックオンダメージが抑えられたためと考えられる。しかし、長時間の電子線照射を必要とするEDXマッピング分析や原子分解能観察のような高倍率観察では、ペロブスカイト層の変質が認められた。電子線による変質を低減するため、加速電圧を60kVに下げてCs-STEMにてPSCsを評価した事例を紹介する。
第4図に、低加速電圧でのEDXマッピング分析結果を示す。ペロブスカイト層に元素の偏析は認められず、多孔質TiO2層内にペロブスカイトが入り込んだ状態が確認された。第5図に400フレーム積算によるマッピング前後のTEM-HAADF像を示す。マッピング前後でHAADF像に顕著な変形・変質は認められず、電子線による熱的損傷、ノックオンダメージいずれも低減できていると考えられる。第6図にMAPbI3/MAPbI3粒界部の原子分解能観察像を示す。このときも加速電圧は60kVとした。この結果から、本件の加工・観察条件であれば、結晶粒界が鮮明に捉えられることが認められた。
第2表 TEM観察にもちいた装置・条件
第2図 断面TEM観察結果(加速電圧:200kV)
第3図 単一結晶粒に対する制限視野電子回折図形(断面TEM)
第4図 EDXマッピング分析結果(加速電圧:60kV)
第5図 HAADF像の比較(EDXマッピング前後)
第6図
MAPbI3粒界部における原子分解能観察像
(加速電圧:60kV)
B-3 µ-PCD法によるライフタイム測定
3.1 大面積デバイスにおけるµ-PCD法への期待
PSCsのキャリアライフタイム測定には、一般的に時間分解フォトルミネッセンス(TRPL)法がもちいられており、高感度かつ局所領域(µmスケール)の評価が可能である。一方、実製品化を見据えた大面積デバイスの作製においては膜質均一性の評価が重要であるが、TRPL法では大面積デバイスを測定するのに時間を要するという課題がある。以上を踏まえ、実製品サイズの膜質均一性を短時間で評価できる手法として、マイクロ波光導電減衰(µ-PCD)法によるライフタイム測定を活用した膜質均一性評価を検討した。
3.2 µ-PCD法の測定原理およびライフタイムの評価方法
第7図(a)に、µ-PCD法の測定原理を示す。半導体材料にバンドギャップを超えるエネルギーをもつレーザー光を照射すると、過剰キャリア(電子・正孔対)が生成され、過剰キャリアは時間経過とともに再結合し減少する。ここで、キャリア濃度と導電率には相関性があり、また導電率とマイクロ波の反射率にも相関性がある。以上の特性より、µ-PCD法では反射したマイクロ波の経時変化を非接触で検出し、その減衰挙動からキャリアライフタイムを評価できる。
次に、第7図(b)にµ-PCD法によって得られる減衰カーブの例を示し、キャリアライフタイムの評価方法を述べる。まず十分な検出結果(サンプリング数、検出強度)が得られた場合、マイクロ波の検出強度がピーク値の1/eに低下するまでに要する時間によってキャリアライフタイムを評価する(出力名:1/e)。一方、試料材質や測定条件によって十分な検出結果が得られない場合、減衰カーブをフィッティングしてキャリアライフタイムを評価する方法がある。キャリア濃度は時間に対して指数関数的に減少するため、キャリア濃度が最大となるレーザー照射直後の検出強度をI0、キャリアライフタイムをτとすると、経過時間tの関数としてキャリア生成後の検出強度Itは(1)式で表される。

この式の両辺の対数を取り、式を整理すると(2)式になる。

(2)式より、横軸を経過時間 t、縦軸を Log(It)としてプロットし、線形フィッティングによって算出した傾きからキャリアライフタイムを評価する。(出力名:Log(1/e))。
本件では当社のLEO事業本部が製作している、µ-PCD法によるライフタイム測定装置を使用した。
第7図 µ-PCD法の測定原理
3.3 µ-PCD法によるペロブスカイト層のライフタイム測定事例
µ-PCD法によるペロブスカイト層の評価事例を紹介する。先行研究において、ガラスに直接ペロブスカイト層を成膜したサンプルであれば、少数キャリアの発生とその減衰カーブが得られることはすでに報告されている1)。しかし、PSCsはガラス上に透明導電膜を有しており、第8図に示すように①『透明導電膜由来のマイクロ波の反射が大きく、ペロブスカイト層にて生じたキャリアによる検出強度の変動が相対的に小さくなる』、②『ペロブスカイト層で励起したキャリアが瞬時に透明導電膜へ移動し再結合する』という2つの現象が予測され、減衰挙動が捉えられない可能性が考えられた。そのため、透明導電膜の有無による減衰挙動の検出可否を検証した。本評価には、京都大学の若宮先生、大橋先生より提供いただいたペロブスカイト層(□25mm)をもちいた。サンプル構造は以下の通りである。
・サンプル①:Glass(t1.1mm)/ペロブスカイト層・サンプル②:Glass(t1.1mm)/ITO/ペロブスカイト層
まず、先行研究と同様の測定結果が得られるかを確認するため、サンプル①を測定した。その結果を第9図(a)に示す。この結果から、本件のペロブスカイト層の組成は先行研究と異なるが、同様の評価ができることを確認できた。
次に、サンプル②から得られた減衰カーブを第9図(b)に示す。サンプル②は透明導電膜であるITO層を有するため、ITO層が無いサンプル①に比べて信号強度の低下が認められたが、減衰挙動の検出には支障のないレベルであった。さらに、サンプル②において、劣化によるライフタイムへの影響を調べるために、室内雰囲気曝露前後の測定で得られた減衰カーブを比較した。その結果、時間と共にライフタイムが長くなる傾向が認められた。詳細な要因解明は今後進めることとするが、ITO層とペロブスカイト層の界面剥離によるキャリアの消滅速度の低下が一因と予想される。
第10図にサンプル②で取得したLog(1/e)ライフタイムのマッピングデータを示す。Log(1/e)ライフタイムの結果から、劣化(経時変化)を面内分布として捉えられることが認められた。
今後の課題としては、実際のデバイス構造に近い条件下で、µ-PCD法による評価がどの程度有効かを明らかにすることである。特に、透明電極や電荷輸送層の厚さに起因する信号の変化への理論的な解釈が重要である。
第8図 懸念される透明導電膜の影響
第9図 µ-PCD法による測定結果
第10図 サンプル②におけるLog(1/e)ライフタイムのマッピング結果
本稿では、TEMによる低ダメージ断面観察、およびµ-PCD法によるライフタイム測定事例を紹介した。これら技術はペロブスカイト太陽電池の分析・評価手法の一例に過ぎないものの、さらなる開発や量産化の推進に有効なデータを提供できるものと考えている。
参考文献
- *1)K.Ohdaira et al, Japanese Journal of Applied Physics 61, 068001 (2022)
