コベルコ科研・技術ノート
こべるにくす
Vol.32
No.58
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Technical
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E
オペランド軟X線XAFSをもちいた
LiS電池正極材料の反応解析
X 線吸収微細構造(XAFS)は、試料の形態や結晶性によらず元素選択的に着目する元素の価数や化学的な状態を分析することが可能である。軟X 線は低エネルギー領域のX 線を指し、軽元素の分析に対して有用である一方で、透過能が低く大気中でも減衰するため、真空下での測定が必要である。そのため、二次電池において重要性の高いin-situ 測定の適応は困難であった。当社ではこれまで、1 keV 以上の軟X 線領域において、in-situ 測定が可能なセルの開発を進めてきた。本稿では、近年次世代電池として注目されているLiS 電池におけるS 正極の充放電時の状態変化を分析した事例について紹介する。
E-1 X線吸収微細構造(XAFS)をもちいた解析
X 線吸収微細構造(XAFS)は、X 線照射時の内殻電子の遷移過程に由来するX 線吸収を利用した分光学的手法であり、試料に照射するX 線のエネルギー(波長)を掃引し、これにともなうX 線吸収係数を計測することでXAFSスペクトルがえられる。内殻電子の結合エネルギーは元素種、ならびに内殻電子の軌道に固有であるため、これらの励起に必要なX 線エネルギーも元素、内殻電子軌道に固有となる。したがってXAFSスペクトルでは照射するX線のエネルギーを選択することにより着目する元素の情報をえることができる。このようにXAFS 測定は試料に照射するX 線エネルギーを掃引することを特徴とするため、広いエネルギー範囲でかつ安定した輝度を有するX 線が必要であり、そのようなX 線源を有する放射光施設が有効である。
X 線吸収端の近傍には内殻電子から価電子帯非占有準位への遷移に由来するピークが重なり、これらが合わさったスペクトル構造をX 線吸収端近傍構造(X-ray Absorption Near Edge Structure : XANES)、もしくは吸収端近傍X 線吸収微細構造(Near Edge X-ray Absorption Fine Structure : NEXAFS)と呼ぶ。XANESスペクトルには吸収元素の酸化数や化学結合状態、配位構造などに関連する電子構造由来の情報が含まれている。X 線吸収端以降のエネルギー領域には、周辺元素の局所的な配位構造、元素種などに依存した遷移確率の増減による振動構造を含んでおり、このスペクトル構造を広域X 線吸収微細構造(Extended X-ray Absorption Fine Structure: EXAFS)と呼び、振動構造はEXAFS 振動と呼ぶ。EXAFS 振動をフーリエ変換することで動径構造関数と呼ばれる吸収原子周りの局所構造(原子間距離、配位原子数など)に由来する情報をえることができる。
XAFSは試料の状態(固体、液体、気体)によらず、試料サイズや結晶性の有無も問わない。XAFSと同様にX線をもちいた化学状態分析手法であるX線光電子分光(XPS)やX線回折(XRD)とくらべると、結合エネルギーに由来するピーク位置で判別するXPSよりも詳細な化学状態判別が可能であり、また非晶質な試料においても解析可能なことからXRDよりも試料の適用範囲が広いことを特徴とする。
XAFSは前述の通り、X 線吸収係数を計測する手法であることから入射X 線量と試料を透過したX 線量を計測する。これを透過法と呼ぶ。しかし、X 線を透過させるのが困難な試料の場合、発生原理上、X 線吸収量に比例して発生する蛍光X 線、ならびにAuger 電子を検出することでも測定が可能である。前者は蛍光収量法あるいは単に蛍光法、後者は電子収量法と呼ばれる。蛍光法では蛍光X 線検出器が高感度であることから低濃度の試料についても分析が可能である。また、電子収量法では、発生するAuger電子の試料からの脱出深さが比較的浅いことから表面敏感な測定となる。このようにシグナルの検出方法を使い分けることで、ごく微量の含有成分や試料の深さ違いの化学状態分析などができる点もXAFSの大きな特徴である。
本稿では、次世代電池の候補の1つであるLiS 電池1)における、S 系正極材料の反応解析に対して、in-situ 測定の中でも、充放電動作をさせながらの挙動を追跡するオペランド軟X 線XAFSをもちいた分析を適応した結果について紹介する。
E-2 オペランド軟X線XAFSをもちいたS正極材料の反応解析
2.1 in-situセルと実験方法
二次電池セル内の分析は、セルを解体して取り出した電極を分析することが一般的である。しかし、近年、二次電池を解体することなく分析を行うin-situ 分析技術が目覚ましい発展を見せており、中でも動作環境下であるオペランド分析でしかわからない知見もえられてきている。2), 3) また、解体分析では、解体時の環境雰囲気、露点、電解液の洗浄等の影響を含むため、電極の真の状態を捉えているかどうかはin-situ 分析の結果も含めて議論する必要がある。しかしながら、S 系正極の反応解析のためのS K 吸収端XAFSにおいては、その照射X 線エネルギーが約2460 eVの軟X線で、透過能が低いことから、粉末や電極試料はもちろん、二次電池セルでよくもちいられるアルミラミネートフィルムも透過しない。また、大気による吸収も大きいために、測定は真空中やHe 雰囲気下で行われる。そのため、本エネルギー帯のXAFSにおけるin-situ分析の実現には専用セルとして、軟X 線領域のX 線透過可能な窓材を有することが必要となる。そのため、材料のX 線吸収係数、および窓材の強度を考慮しポリイミドフィルムをX 線窓材として採用したセルを構築することでin-situ 測定を可能とした。写真1に構築したセルの外観写真を示す4)。SUS 本体の中心にX 線窓材のポリイミドフィルムが設置されている。このポリイミドフィルムに集電体としてAlを成膜し、その上に直接合剤電極を塗工したものを電極として利用している。塗工された合剤電極面側にセパレータを配置し、電解液を注液し、リチウム金属箔を対向させることで二極式セルの構成とした。また、測定は軟X 線を照射し、X 線窓材裏面にある合剤からの蛍光X 線を検出する蛍光法を採用することでXAFS 測定を可能とした。
LiS 電池におけるS 正極の反応解析のため、作用極には硫黄-ケッチェンブラック(KB)複合体(S : KB = 30 : 60): PVdF =90 : 10( wt%)の合剤電極を、ポリイミド表面にAlを成膜したX線窓材兼集電体に塗布してもちいた。対極にはLi foilをもちいて上記のオペランドセルを組み立て、電解液にはSの溶解性が低く、かつ電極中のSのシグナルを阻害しない電解液として、1M LiPF6 / DME : DOL = 90 : 10 (vol%)(DME = ジメチルエーテル、DOL = 1.3 ジオキソラン)をもちいて試験を行った。充放電試験時の電流密度は、335 mAg-1として、カットオフ電圧1.0Vまで放電後、放電容量を超える容量までの充電を行った。
XAFS 測定は兵庫県立大学のニュースバル放射光施設BL05をもちいた(写真2)。分光結晶には、InSb(111)をもちい、S K 吸収端の測定は、特定のエネルギー範囲の蛍光X 線のみの強度を収集する部分蛍光収量法にて行った。測定環境はHe 雰囲気下とした。また、一回のXAFSスペクトルの計測にかかる時間は約5 分30 秒であり、充放電試験中は連続的にスペクトルを取得した。
写真1 in-situ測定セルの外観写真

写真2 ニュースバル放射光施設BL05

2.2 結果および考察
オペランド測定時の充放電曲線を第1図に示した。放電時には二段階のプラトー領域が確認され、充電時もそれと対応する2 段階のプラトーが確認された。これは既報のLiS 電池でよくみられる充放電曲線と一致しており5)‒7)、in-situ 測定セルにて正常に充放電反応が行われていることが確認された。今回、マシンタイムの都合上、充電時は容量で規制して試験が終了しているが、放電容量を上回る充電容量がえられているにもかかわらず、電圧の上昇が認められていないことがわかる。以下、S K 吸収端XAFSスペクトルの変化との比較を含めて考察する。
充放電時にえられたS K 吸収端XAFSスペクトルを第2図(a)に示した。初期構造においては、単一のピークを有するスペクトルを示しているが、放電反応の進行にともない、放電初期では、本ピークよりも低エネルギー側に新たなピークが出現した。これは、S-S 結合の開裂によって生じたLi2Sx中のS2-に由来するピークであり8)、多硫化物の生成過程を観測しているものと考えられた。放電反応の後半では、低エネルギー側のピーク強度が減少し、高エネルギー側にピークが出現する変化の過程が認められている。第2図(b)に、各充放電末のスペクトルと標準試料であるLi2Sおよび今回の活物質粉末のみのスペクトルを合わせて示すが、放電後では、高エネルギー側に二つのピークを有するLi2Sのスペクトルと一致していることから、Li2Sが放電後期に生成していると考えられる。続く充電過程では、Li2S由来のピークは減少し、Li2SxとS 両方の特徴を有するスペクトル形状へと変化していくことが確認された。今回の充電末においては、初期状態にまでは戻っておらず、低エネルギー側にピークを有することから、Li2Sx が残存していることがわかる。充放電曲線において、充電容量が放電容量よりも多いにもかかわらず、Sの状態については、初期状態まで戻っていないことがわかった。つまり、充電容量の内、相変化したLi2SやLi2Sxの酸化によるSの生成反応に寄与していない容量が含まれていることを示している。
第1図 オペランド測定時のLiS電池の充放電曲線

第2図
(a):オペランド S K吸収端XAFSスペクトル
(b):初期および充放電末と標準試料のS K吸収端XAFSスペクトル

次に、充放電曲線と相変化の関係性を見るために、充放電曲線 とXAFSスペクトルのコンター図を合わせて第3図に示した。放電 過程においては、初期のSのピーク位置よりも低エネルギー側にあ るLi2Sx由来のピークが明確に生成していることが確認され、その ピークが放電後半で消失し、高エネルギー側のLi2Sに由来する ピーク強度が増加することが確認できる。しかしながら、充電過程 においては、充電にともない、Li2S由来のピークが高エネルギー側 にシフトしていく過程が見られるものの、Li2Sxに由来する2467 eV 付近のピーク強度は、放電時よりも弱いことがわかる。この Li2Sxの生成量が少なく見積もられる可能性として、Li2Sxが充電 時に溶解する反応を生じ、電極系内から系外へ流出することで、 見かけ上生成していないように見えてしまっている可能性がある。 これは、充電時の電気量に対するSの状態との相関性がないこと から、充電時には不可逆反応を含む可能性があることからも考え られる。以上から、充電過程と放電過程で異なる挙動を示すことを 確認することができた。
LiS 電池のような、電極活物質の溶解が生じる可能性のある系 においては、ex-situでの分析のみでは、定量的な議論や、解体条 件にも影響されるために分析結果の解釈は非常に難しくなるが、 in-situ 測定系では、同一系内でかつ時間的な変化も追いかけや すく、また、洗浄等のプロセスによる副反応を考える必要がないた めに有効な分析手段であると言える。
第3図 オペランド S K吸収端XAFSスペクトルと充放電曲線との関係

本稿では、LiS 電池のオペランド軟X 線XAFS 測定による分析事例について紹介した。二次電池材料では、SiやSといった元素を含 む材料系が多く利用されており、軟X 線XAFSをもちいた分析技術は、これらの材料の状態を調べるには重要である。また、現行LiBに よくもちいられる正極活物質である遷移金属酸化物においても、遷移金属の状態分析のみでなく酸素についても、充放電容量との関係 性があるため、今回のS K 吸収端よりも低エネルギーのX 線をもちいた場合でのin-situ 測定も必要とされている。今後は、さらなる低エ ネルギーでのin-situ 測定の実現化を目指す。
最後に、本技術は兵庫県公立大学法人 兵庫県立大学 高度産業科学技術研究所 中西 康次准教授との共同研究による成果であ る。中西先生並びに関係の皆様に深く感謝いたします。
参考文献
- *1) Arumugam Manthiram et al.: Acc. Chem. Res., 46, (2013) 1125‒1134.
- *2) Y. Orikasa et al.: Chem. Phys. Rev., 3, (2022) 011305.
- *3) S.-M. Bak et al: NPG Asia Mater., 10, (2018) 563‒580.
- *4) T. Mori et al.: Memoris SR Sent. Ritsumeikan Univ., 22, (2020) 37.
- *5) X. Ji et al.: J. Mater. Chem., 20, (2010) 9821‒9826.
- *6) H. Yamin et al: J. Power Sources, 9, (1983) 281‒287.
- *7) K. Kumaresan et al: J. Electrochem. Soc., 155, (2008) A576‒A582.
- *8) M. Cuisinier et al.: J. Phys. Chem. Lett., 4, (2013) 3227‒3232.