コベルコ科研・技術ノート
こべるにくす
Vol.33
No.61
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Technical
Report
F
高圧水素が樹脂材料の機械特性に及ぼす
影響に関する考察
カーボンニュートラルの実現に向けて、カギとなるエネルギーとして「水素」が注目され、世界全体で水素の需要が拡大している。また、これまで技術開発中心だった各国の関連する支援は、社会実装へと移行しつつある。水素社会を実現するためには、水素の需要が十分にあり、それを満たす供給が確保されることが重要である。つまり、水素を「つくる」「はこぶ(ためる)」「つかう」というサプライチェーンの構築が欠かせない。1)
その中で、樹脂材料(プラスチック材料)は、その柔軟性から水素をシールする材料として、水素圧縮機や高圧水素タンク、高圧水素ホースなどに利用されている。ところが、樹脂材料の機械的特性に関する高圧水素の影響については、具体的なデータで説明された文献は少ない。2)~4)
そこで本稿では、経時変化が比較的少ないポリプロピレン(PP)を題材として、材料特性を確認した上で、高圧水素暴露による機械的特性変化の有無、高圧水素環境下での引張特性および圧縮特性の挙動確認、さらには高圧水素環境から取出した直後の機械的特性変化や含有水素と機械的特性との関係性を調べ、ポリプロピレンの機械的特性に関する高圧水素の影響を考察した。
F-1 供試材のモルフォロジー
本稿では、供試材として、ブロックコポリマー型ポリプロピレンを適用した。この材料は、PPホモポリマーの「海」の中に、エチレン-プロピレン重合体の「島」が点在した、「海島構造」となっている特徴を有している。なお、「コポリマー」と呼称されるが、ホモポリマーとエチレン-プロピレン重合体は化学結合しておらず、混合物として存在していることが知られている。5)
供試材の化学構造をイメージングIR法で調査した。同法は測定面内の化学構造の分布を評価する手法であり、本稿では、PPに対するポリエチレン(PE)の存在比率の分布を調査した。
その結果を第1図に示す。PE成分が相対的に多い部位が数~数十μmレベルの島状に比較的多く分布した海島構造が確認された。
次に、供試材に含まれる成分を、動的粘弾性試験による損失正接(tanδ)の温度依存性から考察した。動的粘弾性試験による損失正接は、微小な正弦波ひずみを与えた際の応力の応答の位相差から求められる。この試験方法では、ガラス状態からゴム状態へ転移する際tanδにはシャープなピークが、結晶構造の緩和が生じる際には緩やかなピークが見られる。
第2図に試験結果を示す。供試材は、-50℃付近および0℃付近にtanδのシャープなピークが認められた。-50℃付近のピークはエチレン・プロピレンゴム成分のガラス転移点と考えられ、0℃付近はポリプロピレンのガラス転移点と考えられる。なお、ポリエチレンのガラス転移温度と考えられる-120℃~-90℃付近にはtanδのピークは認められなかった。一方、+60~+80℃付近に緩やかなピークが見られ、これは、ポリプロピレンの結晶緩和に起因するものと思われる。
これらの考察から、供試材は、ポリプロピレンとエチレン・プロピレンゴム成分の特性が発現されやすいものと考えられる。
なお、tanδの強度が各成分の存在比率に比例すると仮定した場合、-50℃付近と0℃付近のtanδピーク強度を比較すると、同程度のピーク強度であることから、エチレン・プロピレンゴムとポリプロピレンは同程度の分量であると推定される。すなわち第1図において濃い青色の領域がポリプロピレン、黄緑色の領域がエチレン・プロピレンゴム、赤色の領域がポリエチレンと推定される。ポリエチレンに対応するtanδのピークは見られなかったが、他の成分よりも相対的に存在量が少ない事が一因になっていると考えられる。
第1図
イメージングIR ピーク強度比分布
【約2850cm-1/約2950cm-1】
第2図 動的粘弾性試験結果
F-2 高圧水素ガス中の挙動
前項でモルフォロジーを調べた試料(ブロックコポリマー型ポリプロピレン)について、高圧水素ガス環境にさらされることで機械的特性にどのような影響が出るのか調べた。
2.1 高圧水素ガス暴露後の水素の影響
ダンベル形状の試料を、115MPaの高圧水素ガスを充填した容器内へ入れ、80℃×100時間の暴露処理を行い、取出して1週間以上経過後、室温で引張試験を行った。比較として、115MPaの高圧窒素ガスへも暴露し、同様に引張試験を行った。
第3図に応力-呼びひずみ線図を示す。高圧水素ガス及び高圧窒素ガス、いずれに暴露したものも、未処理と同様の降伏挙動を示し、破断伸びも未処理のばらつきの範囲内であった。この暴露条件下では機械的特性に変化は認められないと考えられる。
第3図
高圧ガス暴露後の引張試験結果
(80℃×100時間暴露後、 試験環境:23±5℃・大気圧、試験速度:200mm/min)
2.2 高圧水素ガス中での水素の影響
高圧ガス環境下での引張試験を、水素ガス中と、分子サイズが水素より大きな窒素ガス中で、いずれも90MPaで実施した。比較として大気中(大気圧)でも実施した。試験温度はいずれの試験も34℃に統一した。なお、高圧水素ガス環境下では、水素ガスが樹脂内に十分侵入できるよう、引張試験前に90MPa水素ガス中で3日間保持した。一方、高圧窒素ガス環境下での試験では、窒素ガスの侵入の影響を排除するために、真空脱気→窒素置換後、速やかに引張試験を行った。6)
第4図に引張試験における応力-呼びひずみ線図を示す。高圧ガス環境下では、水素ガス中、窒素ガス中の双方共に、大気中よりも応力が高くなった。また、同じ高圧下でも窒素ガス環境下より、水素ガスが樹脂内に侵入した状態とした方が、呼びひずみ10%までに認められる最初の最大応力(降伏応力、引張強さ)が低下した。一方、降伏後、応力の上昇は少ないながらも伸びる領域(呼びひずみ40%程度以上の領域、伸長結晶領域)では、窒素ガス中でも水素ガス中と同様の引張挙動であった。
高圧ガス環境下の方が大気中よりも応力が高くなったのは、高圧ガスにより樹脂が外側から圧縮され自由体積部が押しつぶされた状態で引張試験を行ったため、分子鎖を変形させるために大気中より負荷が必要であったと考えている。また、高圧水素ガス環境下での降伏応力が、高圧窒素ガス環境下よりも下がったのは、水素ガスが高分子鎖の隙間に侵入することで可塑性が発現したものと推測している。さらに降伏後の伸長結晶領域では高分子鎖が引張方向に引きそろうことで水素ガスの影響を受けにくい状態になったものと思われる。
次に、高圧水素ガス環境下で圧縮試験を行った。比較として、高圧窒素ガス中、及び、大気圧窒素ガス中で試験した。試験片はφ10mm×10mmhの円柱状とし、試験温度は28~29℃に調整した。なお、本試験前に水素ガス侵入時間をシミュレーションした結果、昇圧開始から10時間経過後にはガス濃度が飽和したため6)、圧縮試験では昇圧後の90MPa水素ガスへの暴露は1日間とした。また、試験片セットから圧縮試験前までは、試験片に上側の圧縮治具を接触させず、無負荷の状態で保持した。さらに、ひずみは、圧縮治具間をクリップゲージで計測し、試験片高さで除した値として求め、試験機ストロークの影響を除いた。
第5図に応力-ひずみ線図を示す。圧縮負荷を加え、ひずみ約10%程度に降伏点が得られたが、その応力は、90MPa水素中は、90MPa窒素中より低く、90MPa窒素中と大気圧窒素中の中間値程度であった。
第4図
高圧ガス環境下での引張試験結果(試験温度:34℃
試験圧力:90MPa、大気中、試験速度:1mm/min)
第5図
高圧ガス環境下での圧縮試験結果
(試験温度:28~29℃試験圧力:90MPa、 大気圧、試験速度:1mm/min)
一方、第6図に第5図の初期の部分を拡大した。本試験では、クリップゲージによる計測で試験機ストロークの影響を除き、さらに圧縮荷重が完全に加わった点を変位のゼロ点としたが、90MPa水素中では、90MPa窒素中や大気圧窒素中に比べ、圧縮初期の荷重が立ち上がるひずみに違いが認められた。荷重が立ち上がるひずみは、大きい方から、大気圧窒素中>90MPa水素中>90MPa窒素中の順であった。
樹脂やゴムなど高分子材料の非晶質部では、高分子鎖がランダムに分子運動を行っており隙間(自由体積部)が存在する。大気圧窒素中では、この自由体積部を押しつぶすまで荷重が立たずひずみが増加したと考えられる。それに対して、90MPa窒素中では、試験前に高圧にしたことで自由体積部がほとんど押しつぶされた状態と考えられ、ひずみが小さいうちから荷重が立ったものと考えられる。一方、90MPa水素中では、試験前に高圧になり自由体積部がほとんど押しつぶされた状態から1日間の保持で水素ガスが侵入し、水素ガスが高分子鎖へ可塑性を与えられる状態であったため、90MPa窒素中よりひずみが大きくなってから荷重が立ったものと考えられる。
次に、圧縮試験と同じ90MPa水素中および90MPa窒素中で圧縮疲労試験を行った。試験条件は、最大応力を第5図の線図にて降伏点より手前の初期傾きから外れた28MPaとし、応力比0.1、周波数1Hzとして、10万回までのストローク変位の変化を測定した。
第7図に繰返し1回目のストークの最大値および最小値を基準にしたストローク変化率と繰返し数との関係を示す。試験の結果、ストローク変化率は繰返し数に対して対数的に減少し、特に水素中では窒素中よりもストローク変化率が大きく、永久変形量が増加した。
この現象も、高分子鎖の隙間に水素ガスが侵入したことで可塑性が付与され、窒素中より永久変形が大きくなったと考えている。
第6図 高圧ガス環境下での圧縮試験結果(第5図の試験初期)
第7図 高圧ガス環境下での圧縮疲労試験時のストローク変化率と繰返し数との関係(試験温度:31℃、試験圧力:90MPa、最大応力:28MPa、応力比:R=0.1、周波数:1Hz、最大繰返し数:10万回)
2.3 高圧水素ガス暴露直後の水素の影響
次に、高圧水素ガス環境下から取出した際、水素ガスが試料から抜ける挙動を引張試験により調べた。高圧ガス暴露は、急減圧が可能なオートクレーブを使い、20MPaの水素ガス中へ暴露した。暴露処理は防爆設備の中で行い、温度は9~13℃(成行き)、40時間の暴露とした。
オートクレーブの急減圧開始から約5分後に1本目の試験を開始し、試験速度1mm/minでストローク40mmまで測定して停止し、2本目の試験を約50分後から開始した。
第8図に引張試験時の応力-呼びひずみ線図を示す。急減圧開始約5分後では、未処理よりも降伏応力が低く、伸長結晶領域は同等の挙動となった。それに対して約50分後では、未処理と同等の挙動に戻った。
これらの現象は、急減圧開始から約5分後では、樹脂内に水素ガスが侵入したままになっており、水素ガスによる可塑性の影響で降伏応力が下がったと考えられる。一方、約50分後では、侵入していた水素ガスが抜けたことで、未処理と同様の挙動に戻ったと考えられる。なお、いずれも高圧環境下での試験ではなく大気圧環境下での試験のため、水素ガスが侵入した状態では、大気圧環境下の未処理よりも降伏応力が下がったと考えられる。
第8図
高圧ガス環境から取出し直後の引張試験結果
(室温×40時間暴露後、試験環境:23±5℃・大気中、試験速度:1mm/min)
次に、高圧水素ガス暴露から取出した試料に、どれだけの水素ガスが入っているかを調べた。前述と同様に20MPa水素中で暴露し、急減圧開始から約10分後と約50分後に液体窒素中へ入れて水素ガスが抜けないように運搬し、水素分析装置のところで解凍し、室温で水素ガス放出量を測定した。室温で水素ガスの放出が終了したところで、放出量と経過時間との関係線図から外挿し、急減圧開始から約10分後と約50分後の含有水素予測量を算出した。
第9図に急減圧開始から約10分後と約50分後の含有水素予想量を示す。第8図で降伏点に変化があった時間に近い、約10分後では含有水素が多いことが分かる。なお、引張試験では未処理と同等の挙動に戻った約50分後では、含有水素が未だ残っていることが判明した。この急減圧開始から約50分後に残っていた水素は、樹脂の自由体積部に残った水素ガスと推測される。
第9図 高圧水素ガス暴露から取出し後の含有水素予測量
2.4 高圧水素の影響まとめ
本稿では、ブロックコポリマー型ポリプロピレンを題材として、機械的特性に関する高圧水素の影響などを調べた。
(1)高圧水素ガス中での水素の影響
高圧水素ガス中での水素の影響としては、まず、水素ガス及び窒素ガス、引張試験および圧縮試験、いずれの場合も大気圧環境下より高圧環境下の方が、荷重が高くなった。これは、水素ガス及び窒素ガスいずれにおいても、90MPaの高圧環境下にすることで、樹脂中の自由体積部が押しつぶされ、分子鎖を変形させるために大気圧下より大きな荷重が必要だったためと考えられる。
また、水素ガス中では、引張試験および圧縮試験、いずれの場合も、窒素ガス中より降伏応力が下がった。これは、水素ガスが分子鎖間に侵入することで可塑性を与えたためと考えられる。
さらに、降伏点を過ぎた高ひずみ側では、引張試験では水素ガス中と窒素ガス中では同様の挙動となり、圧縮試験では水素ガス中の方が窒素ガス中より低応力のままであった。これらは、引張時では伸長結晶状態へ結晶性が変化すると水素ガスによる可塑性の影響をほとんど受けず、圧縮時では結晶性の変化がなく可塑性の影響を受けたままであったと考えられる。
なお、高圧環境下での圧縮疲労試験において、水素ガス中および窒素ガス中で同じ荷重を繰返し負荷したところ、水素ガス中では窒素ガス中より変形量が大きかった。このことも、繰返し圧縮時に結晶性の変化はなく、水素ガスの侵入による可塑性の影響が続いたためと考えられる。
このように、高圧水素ガス中では、高圧ガスの影響と、樹脂内へ水素ガスが侵入することで可塑性が発現される影響とで、材料特性が変わる。そのため、今後Design By Analysisによる設計を行う場合、摺動シール部など高圧環境下で外力が加わる部位では特に、これら高圧環境下での材料特性を取得することで、より最適設計ができるものと考える。
(2)高圧水素暴露から取出し後の水素の影響
高圧水素暴露から取出し後の水素の影響としては、115MPaの高圧水素ガス環境から取り出して1週間以上経過後の引張特性は、未処理と同様の挙動であった。それに対して、20MPaの水素中から急減圧により取り出して約5分後では、未処理より降伏応力が下がり、約50分後では、未処理と同様の挙動となった。これらのことから、水素ガスが樹脂内部へ侵入した状態で、高圧環境下から大気圧環境下へ戻した場合、短時間の場合は、水素が樹脂中に留まり、外力により変形しやすい状態が考えられる。なお、時間の経過とともに未処理の機械的特性に戻ると考えられる。
一方、20MPa水素中で同様に暴露後、急減圧し、水素分析を行ったところ、取出し約10分後では含有水素が多かったが、約50分後でも含有水素が検出された。このことから、機械的特性が未処理の状態に戻っても、十分な時間が経過していない場合は、水素ガスが自由体積部に残っている可能性が考えられる。
これらのことから、高圧水素ガス環境下から大気環境下へ戻す場合、十分な時間をかけて水素ガスを抜く必要が考えられるが、材料特性上は影響がなくとも水素が残っている状態で、例えば、液体水素環境下へ暴露されると、低温脆化だけでなく水素脆化が起こるのか、といったところの評価は、今後の課題と考える。
樹脂材料の機械的特性に関する高圧水素の影響は、文献レベルでは少なく、今後Design By Analysisによる設計を行う場合、高圧環境下での材料特性を取得する必要が出てくるものと考える。さらに、得られた材料特性を使った解析技術も当社は保有しており、総合的なアプローチによるお客様サポートを行っていく所存である。また、液体水素環境での部材において、水素ガスの侵入による水素脆化と低温脆化の評価も今後の課題と考えている。
参考文献
- *1) 経済産業省資源エネルギー庁 エネこれ 記事 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suisohou_01.html
- *2) 阿南匡範ほか:日本機械学会M&M2021 材料力学カンファレンスNo21-17 OS1710
- *3) 阿南匡範ほか:高分子学会 第70回高分子討論会Polymer Preprints, Japan Vol. 70, No. 2 (2021) 2N06
- *4) 阿南匡範ほか:高圧力学会 第62回高圧討論会 高圧力の科学と技術 Vol. 31 特別号(2021)p.93
- *5) 一般社団法人日本食品包装協会 会報170号(2021年)
- *6) 阿南匡範:こべるにくす技術ノート 【No.54】Vol.30 2022.APR p.1~p.4
